作文と庭
幼い頃、文章を書くことが嫌いだった。
小学2年生の夏休み、作文の宿題が出される。
テーマは「夏休みの思い出」
文章を書くことが嫌いな私の作文は、なぜか学年の代表に選ばれ、全校朝会の壇上で朗読することになった。
夏休みも冬休みも、出された宿題は連休最終日二日前くらいから慌てて片付けるのが私だ。
例外はない。
この時も算数と漢字のプリント、絵日記と作文を最終日にまとめて片付けた。
自由研究は始業式に間に合わなかったので、学校が始まって一週間過ぎた頃に提出した。
お菓子の空き箱を組み合わせて作ったロボットだった。
電池を入れると目に仕込んだ豆電球が光る、そこが唯一のこだわりだ。
少年時代の私にとって、作文は原稿用紙を文字で埋めるだけの作業だった。
「~がたのしかったです」「~がおいしかったです」「~がきれいでした」
何のひねりも無く、ただそれらを重ねて余白を埋めていく作業。
この時書いた作文もこんな感じだったものだから、何が評価されてしまったのか私にも家族にもさっぱりわからなかった。
夏休み中のほとんどの時間は、友達と外で遊んだり家でゲームをしていただけだった。
普段と何も変わらない。
だから唯一普段とは違う、祖父母の家へ泊まりに行った時のことを作文にした。
かなり昔のことだから、作文の細かい部分は覚えていない。
祖父母の家に行くと、いつも祖父か祖母のどちらかと手をつないでデパートへ行きおもちゃをねだる。
買ってもらったおもちゃを片手に、わくわくした気持ちで祖父母宅へ帰って、勢いのまま遊ぶ。
大人になった今でも色濃く覚えているのはこんな思い出ばかりだが、当時の作文にそんなことは書けなかった。
「甘えんぼ」だと友達にからかわれるのがイヤだったから。
結局作文に書いたのは、祖父と庭で遊んだ記憶についてだった。
全校朝会で朗読する前日、父と母に作文を見せた。
本当は恥ずかしくて見せたくなかったが、大勢の前で発表することに不安もあったため、内容をチェックしてほしい気持ちもあり仕方ない。
「楽しかった」や「おもしろかった」が連続するだけの原稿用紙2枚に満たぬほどの文章を、両親は読んだ。
父が言う。
「ここの部分、ちょっと大げさじゃない?」
母が答える。
「子供の目線だからこれでいいんじゃないかしら」
両親が拾い上げたのはこんな一文だった。
「おじいちゃん家の庭はとても広いので、おじいちゃんとドッジボールをしたり花火をしてとても楽しかったです」
遠い記憶のため、細かい部分は違うだろうが概ねこうだ。
その中で父がひっかかったのは「おじいちゃん家の庭はとても広い」という部分。
そんなに広くもないし、こんな書き方をするのは金持ちアピールみたいで嫌味ではないか、と言うのである。
それに対して、子供にはそう見えているのかもしれないし、聞いている他の子たちもそんなこと気にしないだろうと母が答えたわけだ。
私は横でそれをなんとなく他人事のように聞いていた。
翌日の本番、作文は結局何も修正されることなく、そのままの状態で臨んだ。
文章を書くことが嫌いだった私だが、読むことは嫌いではなかったので、特にトラブルもなく壇上で無事朗読をやり遂げた。
朗読の後で、周りから何かを言われた記憶もない。
何事もなくその出来事は過ぎた。
大人になった今になっても、どうしてこの時のことをたまに思い出すのか。
考えてみると、この思い出は私にとって、自分の書いた文章を初めて批評された記憶なのである。
自分の書いたものを、他人に目の前で読まれ、内容について直接意見される。
この時のことは、私にとってそんな意味を持つ出来事だった。
今年の春、祖父母の家へ久しぶりに訪れた。
祖父母はすでに旅立ち、現在は叔母が一人でその家に暮らしている。
庭を歩く。
記憶していたよりも、庭はたしかに狭かった。
狭いと言うほどではないが、そこまで広いわけではない、普通の庭。
祖父とボールを投げ合った芝生の上。
一人でひたすらボールを蹴り当てていた灰色の壁。
祖父母と手持ち花火で遊んだ飛び石。
飛び石の一つは、花火の火付け用に何度も立てられた蝋燭の跡を残している。
目に入る何もかもが小さかった。
家の中から見えた桜の木も、イチイの木も、登れそうもなかったコンクリートの壁も。
私は今、文章を日々好んで書いている。
子供と大人、自分と他人。
自分の目だけでも、今日と明日では物の見え方や感じ方が変わる。
見え方が変われば、それを表す文章も変わる。
そういう意味では、文章というのは書いた人の今の姿そのものなのかもしれない。
当時私が書いた作文を今の自分には書けないし、今私が書いているこのエッセイも10年後の自分にはおそらく書けない。
その人の文章は、その人だけのものだ。
その事実だけで尊く価値のあるものだと、この過去を思い出す度に考える。
KAWAI
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