肩は、威厳を着ている──帝国ホテル、ヴィトン、ロオジエの入口で考えたこと
銀座や丸の内を歩いていると、
ときどき、入口に立つ人の肩が気になることがある。
ルイ・ヴィトンのドアマン。
老舗ホテルのベルスタッフ。
あの人たちは、
なぜ揃いも揃って肩が張っているのだろう。
もちろん偶然ではない。
体格の問題でもない。
あれは服の設計だ。
もっと言えば、その店やホテルが「自分たちはどう見られたいか」を、一瞬で伝えるためのデザインなのだと思う。
肩は不思議な部位だ。
顔ほど個人性が強くないのに、印象を大きく左右する。
肩が落ちていれば、やわらかく見える。
肩が張っていれば、頼もしく見える。
角が立てば、命令する側の気配が出る。
丸ければ、迎え入れる側の雰囲気になる。
軍服や正装に肩章がつくのは偶然ではない。
肩は古くから、階級や任務や権威を載せる場所だった。
入口に立つ人は、単なる案内係ではない。 その建物の最初の印象を引き受ける「顔」であり、「ここには秩序があります」と無言で知らせる存在でもある。
その役割を一目で見せるには、肩がいちばん早い。
肩は、人体に置かれた小さな建築なのだ。
記憶を着る肩──帝国ホテル大阪のドアマンスヌーピー
これを改めて考えたのは、帝国ホテル大阪の「ドアマンスヌーピー」が人気になっていると知ったことがきっかけだった。
あのスヌーピーはかわいい。
だが、ただかわいいだけではない。
帽子をかぶり、胸を張って立っている。
そして、肩がある。
ちゃんと「ホテルの顔」になっている。
公式の説明によれば、あのスヌーピーは開業当初のドアマン制服を着ているという。
つまり現在の実務に合わせて軽やかに洗練された制服ではなく、もっと「ホテルらしさ」が濃かった時代のシルエットが残されている。
その結果、肩が効く。
胸が立つ。
いまのホテル制服は、親しみやすさや動きやすさが求められるから、どうしても少しやわらかいデザインになる。
だが、キャラクターは実務をしない。
だからこそ、権威の記号だけを純度高く残すことができる。
ドアマンスヌーピーの肩は、仕事をするための肩ではない。 帝国ホテル大阪が「かつてどういう威厳をまとっていたか」を思い出させるための肩だ。
ここには、ひとつの戦略がある。
記憶をキャラクターに託すことで、現在の実務を身軽にしながら、格式の残像だけは手放さない。 入口の設計は、その場所の戦略の最初の一行なのだと思う。
建築になる肩、抜かれる肩──ヴィトンとロオジエ
ルイ・ヴィトン 銀座並木通り店の前に立つドアマンの肩もまた、建築の延長だ。
商品を見る前に、多くの人は店の雰囲気で判断する。
建物、扉、素材、照明。そして、人の肩。
あの肩は制服の一部ではなく、ブランドの「外壁」の一部なのだと思う。
ところが銀座には、別の答えもある。
ロオジエのドアマンだ。
ロオジエのドアマンの制服は、肩があまり張っていない。
雑ではない。
むしろ非常に整っている。
ただ、威厳を「横幅」で見せていないのだ。
ヴィトンや老舗ホテルが「ここには格があります」と伝えるのに対し、ロオジエは「本物は静かでよい」という態度を取っているように見える。
肩を張る権威。
肩を抜く権威。
前者は制度の権威で、後者は審美の権威かもしれない。 前者は「守られている空間」をつくり、後者は「分かる人には分かる空間」をつくる。
どちらが上という話ではない。
同じ高級でも、入口で演出しているものが違うのだ。
肩で「私」から「役」へ
宝塚の男役が肩で"役"をつくるように、老舗ホテルのドアマンもまた、肩で"ホテル"をつくっている。 肩が強いと、その人は個人名から少し離れ、役割として立ち上がる。
ふとそこで、神護寺の伝 源頼朝像のことを思い出した。
歴史の教科書でもおなじみのあの肖像画の顔は、意外なほど静かだ。 威圧しているのではない。 むしろどこか繊細で、内側に思考をたたえているように見える。
けれど、衣服の線は驚くほど直線的だ。 とりわけ肩のライン。 あの肩は、身体の自然な丸みを写しているというよりも、役割としての輪郭を与えている。
繊細な表情と、直線的な衣服。 知性や感情をたたえたひとりの人間でありながら、同時に、秩序と権威を引き受ける存在であることを感じさせる。
顔は「私」を語り、肩は「役」を着る。
その二重性は、おそらく今も変わっていない。
帝国ホテル大阪のドアマンスヌーピーの肩。
ヴィトンのドアマンの肩。
ロオジエの、少し力を抜いた肩。
それぞれが違うのは、センスの違いだけではない。
「ようこそ」の前に、何を伝えたいかが違うのだ。
つまり入口とは、戦略の最初の一行であり、
私たちはその一行を、ほとんど無意識に読んでいる。
そしてたいてい、その読みは正しい。
次にどこかの入口に立ったとき、ドアマンの肩を見てほしい。
あなたはそこで、パンフレットよりも正確にその場所の思想を読みとっているはずだ。
次回予告
帝国ホテル京都が3月5日に開業しました。30年ぶりの新規拠点、55室に従業員130人、客室単価は同社4施設で最高。
ですがその背景には、売上の8割を稼ぐ東京本館の建て替えが遅延し、解体のめどすら立たないという事情があります。
外資やライバルが「持たざる経営」で拡大するなかで、帝国ホテルはなぜ直営にこだわり、なぜ京都を選んだのか。入口の肩が語る「威厳の設計」の先にある、帝国ホテルの生存戦略について書きます。
