また音楽に、自分から触れたくなって
ヴォーカルレッスンをやめてから数年が経つ。
月謝を払うのが惜しくなってきたからだ。一人暮らしをする息子の危機だし、物価は高騰するものだから、少しはどこからか捻出していかないといけない。
通っている間も上達していけば良いけど、熱心に練習するわけでもないので、レッスンの度に私の声はほぼリセットされる。たぶん先生も呆れていらしたと思う。
でも少し年下の声の良い、かわいらしく元気な先生が好きで、「おばあちゃんになっても通いたい!」と宣言していた。のに。
時々「センス」みたいな、身もふたもないことが頭をかすめてしまう。そんなものを軽々と超えるほどの好きな気持ちがあれば良いのにね。
それは頭でどうにかしようと思ってできるものではない、生まれ持った才能とか能力とかそういったもので、でも「上手」なだけでもないんだよなあ。
歌が下手なようでも歌心のある人っているでしょう?
絵が下手でも絵心のある人、みたいに。
楽器演奏もそういうものがある。私は下手なわけではない。上手くもない。まあまあで、心も入りこんでいない。
その埋められない何かを「センス」という言葉で安易に片づけてそう呼んでしまう。
ピアノもそう。
ヴァイオリンの先生で、ピアノも教えられる母に、ピアノを習っていた。
ヴァイオリンは、音色が悲しすぎて、どんなに楽しい曲でも泣いてしまうので、幼い私を見て「この子にヴァイオリンは教えられない」と思ったそうだ。
楽器を鳴らしてみること自体が好きな私なので、弾いてみたい気持ちがなかったわけではなく、20代の時にボーイングから習ってみた。
弓の正確な持ち方。手首をやわらかく、角度に慣れていく。
弦の同じ場所、角度で弓を押して引いてをくりかえしながら、音を一定に、大きくしていく。
美しい音色などなかなか鳴らない。
あるていどになれば簡単な曲にとりかかるはずだけど、少し音が大きく、ようやく一定に鳴り始めたところで阪神大震災に遭ってしまった。
当時はそれだけでなくいろんなことをやめてしまった。
一ヵ月だけでも水が出なかったことや、がれきの間を通勤しなければならないこと、そして半年ほど電気を消して眠れないほどの恐怖心が続いたことは私にとって充分に強いストレスだった。仕事もやめてしまった。
気持ちに正直になろうと思ってふり返った時に、ピアノの音が大好きなのだと改めて自分を知った。ロックとか洋楽でも邦楽でもピアノの音が入った途端に、ひいき目に見てしまうくらいあのポトンポトンとたたく温かみのある音が心も打ってくる。それはどんなに連続で早く弾かれても心を打つ音。
物心つかない頃から、母の真似をしてピアノを弾いていた。
激しくノリすぎて、写真では頭がブレブレの私がうつっている。

4歳頃から習い始めたけど、10歳くらいでやめた。それほど熱心に練習をしていたわけでもないのに、1時間でもピアノの前に座っているのがイヤになった。
「音楽の道に進みたいなら、毎日何時間もしなくちゃだめなのよ」「音楽の道に進まなくていいわよ」
母がことあるごとに言っていたので、ピアノの先生はあきらめて中学受験に挑んだ。
中学三年生。
大学一年生。
息子が幼い頃。
何年か前。
何度も一瞬復活してまたやめた。
今どきは、YouTubeで上手に弾く人を観ることができて、とても参考になる。
同時に、何故同じように弾いているつもりで、こんなにちがうのだろうと、うめき声がでるほどにもどかしい。私が弾くと、音の出方にクセがある。練習不足から来る指のもたつきの強いクセ。
母から「かせみはリズム感が良いし、運動神経も私より良いから、楽器は向いていると思う」と言われたことがあった。
リズムに乗るのは好きで、お腹に響くドラムの音や、後ろから支えるあまりに大事なポジションも好きで、本当はずっとドラムもやってみたかった。
でもどうやったらそんな機会ができるのかわからなかった。
息子が生まれると、音楽を聴きながらのる様子があまりに楽しそうで、段ボールにゴムを貼りドラムスティックを持たせてみると、大声でうたいながら、それをたたくようになった。
そのうちゲームソフトWiiを買い、Wii musicも買って、家族で楽しんだ。
ドラムのコーナーがあり、手足を動かして、バーに当てるゲームがあって。
これなら私も楽しめる!
と思ったのに、手足がバラバラに動かせない。リズムに乗っているのに頭の中も手足の動きもバタついてしまい「うまくできない! ムキ―!!」となって、実際には静かに宙を見上げて「できる気がしない」と思った。
それとは裏腹に、息子はどんどん上達していった。
東日本大震災が起きてから、息子はそれまで「習いたい!」と自ら言って通っていた英語のレッスンを「やめたい!」と言うようになった。そもそもなぜ英語を習いたいと思ったのか夫にも私にも謎でしかなかったので(アパートの環境があったのかもしれないと今なら思う)、良いよ良いよとやめさせた。
でも当時の息子は地震があってから、すごくストレスを抱えていたし、通っていた小学校では特に先生に偏りがあったので別の習い事をして、学校以外の世界を作ってほしいと思っていた。双方の親戚も遠い場所に住んでいる。なかなか違う人と接する機会がなかったのだ。
「水泳とか」「ピアノとか」「ギターとか」と、習い事を提案するもどれも受けいれられない。
息子の好きそうなことに思いをめぐらせて「ドラムとか」と言ってみると「ドラムが良い!」と食いついた。
それで小学校3年生の頃、音楽教室に通い始めた。見学に行った時は、せっかく好きなのにその大きな音をいやがらないかと心配したけど、「大丈夫。やりたい」と前のめり。ドラムセットに埋もれるようにしてリズムに乗りながらたたく息子はかわいかった。
音楽教室では1年半に1回くらいバンド発表会があって、知らない人同士で組んでロックやポップスなどの曲を演奏する。
息子は息子のリズムではあったけど、ちゃんと一定のリズムを保ち、曲を引っ張っていってくれた。年上の先輩たちも、息子のリズムに根気よく付き合ってくれた。
今も時々帰省すると、ヘッドホンで音を聴く消音ドラムセットをたたく。ドラムをたたかなくても、机で刻むリズムは細かくて「どうやって音が鳴ってるの?」と不思議に思って聞く。
ドラムをたたきたくても全然できなかった自分に、「センスが……」とまたかすめてしまう。
それでも私は、もったりした変な癖を持ってしても、ピアノで弾いてみたい曲が何曲かある。
自分の演奏を聴いて納得はできなくても、弾けたらうれしいだろうなあと思う。
ちょうどnoterさんがピアノを始めたと、とても楽しそうに書いておられるのを読んで、少し前向きな気持ちになっているのもあって。
だから今年、元気になったらまた再開しようと思っている。
母は「もう良いわ」とやめてしまったヴァイオリンだけど、すごく楽しそうに弾いている人を見てうらやましくなったと言っていた。「私もそんな風に弾いたら良かった」って。
息子のライヴと名のついた発表会に母は足を運んでくれて、私がヴォーカルレッスンを始めた時も、ピアノを再開する度にも喜んでくれた。
母ほどの忍耐力や熱はなくても、私にも息子にも、きっと音楽を楽しみたい気持ちは脈々と息づいている。
元気になったら、という条件はついてしまうけど体調によるものだからね。
楽しく弾けたらそれが一番なのだ。
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読んでいただいて、ありがとうございます!
心に残る記事をまた書きたいです。