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どこにも羽ばたかない私は、翼なんかなくたって進む

 最近の音楽シーンにそれほどついていっていない。

 でも耳にすることはある。集中してそういうのばかりを聴く時もある。

 若い人たちの曲を聴いていると、いろんな成分を感じて面白いなあと思う。
 すっかり曲調の疾走感とか言葉数の多い歌詞が中心になったよなあ。30年近く前からかなあ。曲全体が忙しい。演奏の忙しさだけじゃない。歌詞も、最初から最後まで気が抜けない大事な言葉が並ぶ。

 その言葉に、運転しながら聴いていると、ググっとこらえるような、それをどうしたら良いのか行き場のない感情がわき、心を動かされもする。

 ラップもみんな上手だなあと思う。
 裏声だって積極的に取り入れるようになった。
 男性たちの声が高くなり、女性たちも外国人たちのようにウィスパーボイスを入れるようになり、惚れ惚れする。
 センスや才能があって、こんな伸びのある高い声が出せるなんて本当にうらやましいとため息だって出る。

 あとここ10年近くは少しオリエンタルなメロディラインも大切にされている気がしていて、昔の歌謡曲を思わせる楽器の使い方、歌詞を聴いているとなつかしさで「うわあ」と声が出る。

 専門家でもないので、あくまでも私の個人的な印象ね。


 バンドグループが流行っていたのは、1980年代半ば頃からで、私は10代だった。
 ブルーハーツがその象徴。他にもたくさんのバンドが出ては消えていく。
 だから女子中高生時代の私にとっては、誰かのファンだとかどんな音楽を聴くとかは刹那的なものだろうとどこかで感じていて。だって一生その人のファンであり続けるなんて、リアルな感情として当時の自分の中に確認していなかったもの。

 奥田民生がいるユニコーンを初めて耳にした時、「何このギリギリの和音でうねうねとしなるクセのあるメロディは」と思った。歌詞も独特で「学生には共感できない」。これが自分にとってクセになるまでにはきっと時間がかかるんだろうなあって思った。大ファンだった知り合いもいたけど、私には全然ピンと来なかった。


 1990年代半ば。夫と知り合って、初めてのデートで音楽は何聴くの? って聞かれたから岡村靖幸の曲が好きだと話した。
 それまで飲み会なんかでそう言うとさんざん引かれていたので、言わないようにしていたけど、この人にどう思われてもまあ良いやと打ち明けたのだ。
 「えええ」の後に「岡村ちゃんが好きっていう女の人に初めて出会った」と喜んでいる。

 この人は表面的な部分ではなく、物事の良さを色んな角度から判断する人なんだと思えた。
 いろんなミュージシャンの曲を聴いていても好きな曲が共通するその彼に、奥田民生の曲も良いよと車の中で聴かされた。

 改めて聴いても、声はそれほど好みではなかった。ギターなんかがギャンギャン聴こえるロックらしい音も当時は好きではなかった。かと思えばコミカルにのんびり歌う。

 そしてその魅力にハマった。

 奥田民生の曲を初めてしっかり聴いたのは、アルバム「29」「30」を出した頃。その数字は年齢を表していて、私は24歳だった。
 当時の私はもっと引き締まっていて、顔もツヤツヤ。目もしっかり開いていたのにな。
 50代に入ってくると体はぼってりと重たくなってきて、白髪は当たり前になるし、シミやしわは容赦なく増えていく。私が持つ私の体がこんな風になっていくのだから、そりゃ年上の奥田民生だって年を取っていくんだ。

 当たり前だけど、「私たち」は一緒に年を取っていく。
 

 若いころの私。
 好きな音楽のことも素直に言えなかったけど、文を書くのが好きなのだということについても周りに言えなかった。
 本当にただただ好きで、純粋に楽しかったけど、単純にそういうの、あんまり聞かないでしょ。
 友人たちの中には、そんな私をあからさまに小ばかにする態度を表す人たちがいて、簡単に心が折れて言わなくなった。

 でも好きだったからずーっとやめられなくてね。
 40代後半にnoteの存在を知り、8年ここで楽しんでいる。
 で、そんな私は、少しは前に進んでいるのだろうか。

 環境が変わるのは当たり前。考え方だって変わる。体力も50歳前後で激動する。

 文章は?

 羽ばたく様子は見られない。羽ばたこうと羽を広げ始める様子も特に。せいぜい羽繕いしているくらいかしら。

 求められていなくたって、まあまあのペースで書き続け、どこにも羽ばたいていかない私は、変わり者なのだろうか。ただひたすら趣味を続ける自分て異質なのかな。今後もっと孤独になっていくのかも。
 そうやって心細く強い不安感で出口を見つけられないような考えをグルグルめぐらせていたら。

 夫に新婚当時言われた「かせみどんにはロックの魂があるよね」を、ふと思い出した。私の好きな音楽について「魂のロックが好き」だと指摘してきたのだけど、へぇ私ってそうなんだと思ってずっと覚えていた。そしてそれを誉め言葉だと受け取ってきた。


 ロックって共感とか流行りとは遠い場所にあるはずの音楽。異質だとしたって、自分らしさを追求するのが良さだ。
 どんな世間だろうと、さっそうと生きているように見える奥田民生はじゅうぶんロック。
 私は彼の曲の何が良かったんだろう。ロックなところにちゃんと惹かれていたのかな。

 そう言えば最近新曲を出したんだった。

 ふと思い出して、「あまりもの」を聴いた。

君はずっとそこにいて だいぶ前からそこにいて
民よ 民よ しゃがんで何かを作っている

 泣きそうになった。

 誰のことをうたっているのだろう。
 自分? 自分をあまりものだなんて言ってる? ずっとそこにいたのにって。
 親のことを言っているようにも聴こえてしまう。もう自分のこともわからなくなってしまった親。夫婦の将来の姿かもしれない。
 いや。本当は誰もがこれに当てはまる。

 もう私たちだってあまりものみたいだもの。


 私たち。年を取ってきているんだ。


 
 少し久しぶりに、口ずさむあの曲やこの曲の歌詞を改めて確かめてみた。

 今どきの流行りの感じではない。相変わらずといった独特のメロディラインと少し文学的でやはり独特の歌詞でどっしり歌う。

 俺はロックだなんてそんな主張もあえてしていないけど、異質であったとしても自分を両足で支えて見せてくれている。

 大好きな曲だらけで、今までの曲をたくさん引っ張り出してきた。この時は2013年の「風は西から」が元気をもらえた。

笑う人には笑っといてもらおう
(中略)
笑う人にもつきあってもらうよ
(中略)
厚い雲を飛ばして
太陽を呼び出して
雨を浴びてもいいぜ
月をうけて光るぜ
じゃまをするんじゃないぜ
心はいま赤いぜ
It’s gonna be alright

「風は西から」

 さわやかに、さっそうとアツいじゃないか。
 元気が出る。
 そうやって昔の曲もたくさん引っ張り出して聴く。
 改めて、今どきの曲より歌詞は意味のない部分も多い。彼が作詞に悩んだ頃、井上陽水の言葉が響いたように、意味がなくたって良いと励まされたように。
 大切なところは一部だ。でもそこに彼の表現が光る。

とにかく雨だ どこまでもいつまでも続く
そのうち空がもち上がる あきらめる 消える

「コーヒー」

 「そのうち空がもち上がる」のが奥田民生らしくて好きな歌詞。
 さらにこの後は「明日晴れたら釣りだ」と落ち着ける。

伝えたいことが そりゃ僕にだってあるんだ
ただ笑ってるけれど
(中略)
雨と 風と 君の 歌だぜ
愛と 恋と 僕の 歌だぜ

「CUSTOM」

 苦しい気持ちとかしんどい思いとかすべてを込めないのに、かっこつけない表現が私は大好き。

 すべてを込めないのは、恋愛観を感じられる歌詞もそう。表現が文学的なものが多くて大好き。大げさにならないように、ちょこっと見せで彼は充分だと思っているのだろう。

 彼は人生観もちょこっと見せだ。

ほうら君の手はこの地球の宝物だ
まだ誰もとどかない明日へ
ほうら目の前は透明の広い海だ
その腕とその足で戦え

「息子」

 この歌詞と、この後の、「わいせつや ぼろもうけのわなや」などと押し寄せる人生の波を、怒涛のように連ねた歌詞と歌い方に、生まれたばかりの大切なかたまりを抱っこしながら涙が止まらなくなった。ほわほわとした髪の毛から、まだ赤ちゃんの香りをただよわせる息子の頭に顔をうずめ。

 だけどあれから20年以上経った最近は、ちがう部分でこらえきれなかった。

ほうら目の前は紺碧の青い空だ
翼などないけれど進め

 夫も「翼などないけれど進めだよ。たまんねえな!」と言う。
 一度挫折した息子のこの先の人生を思うと、ここにグッと来ないわけがない。

 基本的には、奥田民生の多くの曲からはメッセージ性なんか感じない。
 単に「俺はこう考えるんだ」「俺はこう生きているんだぜ」と伝えてくれる。
 そこから「人とちがうかもしれないけど良いじゃないか」を勝手に感じ取っている。自分なりにしっかり生きていけば良いじゃないのって。
 音が強いし、歌い方も歌声も強くて、以前は苦手だったそこに、私は励まされる。

 のらりくらりと、呑気という意味でのマイペースで生きていると奥田民生は見られてきた。
 でも若いころから、私にはそうは見えなかった。

この僕に できるかいや
きびしいよ いますぐ逃げ出したいや
昔 夢見ていたおぼろげな僕は
もっとすごいぜ
すごいぜ 今でも

 「厳しいので有る」

 マイペースでのんびりしていて、呑気なイメージがある30歳の頃から、彼は笑顔の裏にある自身の苦悩や焦燥感を歌詞にして出していた。

 そうやってもがく気持ちやアツい人間性を感じるようになれたから、あんなにピンと来ていなかったユニコーンの曲もさかのぼってよく聴いた。
 良い曲も良い歌詞もたくさんある。

なつかしい歌も笑い顔も すべてを捨てて僕は生きてる
朝も夜も歌いながら 時々はぼんやり考える
君は僕を忘れるから そうすればもうすぐに君に会いに行ける

「すばらしい日々」

 人との別れを、感傷的ながらまっすぐな気持ちで歌い上げている。
 解散してから16年後に再結成するなんて、見えていなかったはずの頃のこの歌詞はすごく切ないし、でも人との距離の取り方を言い当てているような気もする。
 「君は僕を忘れるから」会いに行けるなんて、若いころにはどう解釈すれば良いのかなとよくわからなかったけど、40歳や50歳過ぎて、友達と別れを感じるたびにこの曲は私を救ってくれた。

 奥田民生だってきっと本当は様々なものを渇望し、葛藤している。たけどそんなものを見せないで人と話し、そんな部分を照れたり説明を面倒くさがったりして隠し、飄々としているように見せる。
 そして簡単には動かされないぞという意地も芯の強さも、熱もちゃんと持っている。
 それをメッセージとして、こちら側に押しつけていると感じないで済むのは、彼自身が人と線を引けているからかもしれない。
 だって人とはちがうかもしれないものね。誰かはそう思うんだ。
 なるほどねえ。
 で、君はどうする?

 そう歌っているものが多いと私は思っている。

君だったらドースル? 君だったらドースル?
気になったらドースル? 気になったらドースル?
僕たちは笑ってる 幸せに笑ってる
お日様も 鳥たちも 笑ってる でも知らねえ

「ドースル?」

 淡々と歌い上げる時も、苦悩や覚悟や愛おしさを歌詞に混ぜ込んで、自分を律しているのだろうと私は思っている。周りがどうであろうと「でも知らねえぇぇーーー!」って叫ぶ。
 きっと美しくても、認められていても、笑っていても。そんな世界知るかってなる瞬間は本当は誰にでもあるはず。

 ほんの少し前に、大好きなカフェで。夫が奥田民生のファンだとわかるパーカーを着ていたら、自分の息子くらいと思われるくらいの若い店員が、帰ろうとする私たちに店外まで駆け寄って声をかけてきた。
 「奥田民生のファンなんですか?」
 って目をキラキラさせている。
 夫が「おっ。よくわかったね。そうなのよー。良いよねー」とニコニコ応えている。「古いパーカーなのによく気付いたね」と私もうれしくなってわけのわからない言葉をそえてしまう。

 彼は、奥田民生のどこに惹かれたのかな。私もアナタくらいの年齢からずっと聴いているんだよ。
 若いキラキラの目に、一気に親近感を覚えて、私たちは色んなものを超えて、どこかでわかり合えたような気がした。

 この前、体調を崩し、ライブを休んだ奥田民生を、夫と「そりゃあ自分たちより少し上なんだもんね」と心配した。そんなの今まで聞いたことがなかったので。
 この出来事も今回書こうと思ったきっかけの一つになった。

 照れが過ぎるようで時々口が悪くなるけれど、周りを困らせることも時にはあるのかもしれないけれど、どうか節酒をこれからも続けて体に気を付けてね。

 私たちはずっとあなたの歌う姿を見続け、歌う声を聴き続けたいのです。

 大変になったら、いや、その前に、休み休みで。若いころと同じようにはいかないからね。
 感性を上書きしながら、若い人たちの音楽だって吸収しながら、すべてを誇りに思いながら、自分なりに生きていよう。

ヒマでもいいのに
子供でもいいのに
確かめたいのに さらに言う
僕たちは今でも
どこまでも自由だろ

「夕陽ケ丘のサンセット」




※『厳しいので有る』の作詞・作曲は奥田民生・Andy Sturmer、その他はすべて作詞・作曲:奥田民生


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かわせみ かせみ 読んでいただいて、ありがとうございます! 心に残る記事をまた書きたいです。

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