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写真を撮る時に、引っぱり出される思い出

 両親が4年前に引っ越したベランダの写真を時々送ってくれる。
 当時「花なんか植える気になれないー」と、今一つだったベランダの風景が、今年は華やかでたまらない。

 わあ良いね。

 その辺の雑草や公園、誰かの庭で見かける草花について知っていたり調べたくなったりするのは、好きだからにまちがいはないけど、母に教わったからということもあるだろう。

 私が物心ついたころの家は借家で、庭も完全に大家さんのもの。我が家が何かを植えることはなかったはず。

 帰国して暮らした生家には裏庭に桜の木があった。
 門から玄関までのささやかな長さの通路には、黒っぽい玉砂利が埋め込まれ、その横には、塀との間に乙女椿の植え込みがあった。
 当時は下校後、友達とも遊んだけど、一人で過ごす時間も大好きだった。家の横にあるホースを出してきて、植え込みに水やりをするお手伝いをするとか言いつつ塀にひっついているかたつむりに水を流して「つのだせやりだせ」と頭の中で歌ってみた。
 ダンゴムシを丸めて少し傾斜のある門から玄関を転がしまくった。記憶の中の私に、ムンクの叫びみたいな顔で「やめてー!」と叫びたい。
 そして乙女椿の花びらを言葉通り「飽きずに」眺め続けた。だってあんなにたくさん重なった花びら一枚一枚、あまりに忠実に丸くて不思議なんだもの。

 あと赤い椿が植わっている場所までは、スミレがじゅうたんみたいに咲いていた。

 一年半ほどでマンションに引っ越すと、母は当時流行りだったアロエを植えて、育つと二人でかじってみた。そして二人で「うえー」って顔をした。
 ほおずきも育ててみていた。中の実を取ってやっぱりかじってみた。そしてやっぱり二人で「うえー」って顔をした。
 父はジャガイモを水栽培して眺めている私を見て、何故かじゃがいもにリアルな人間の顔を描いて大笑いさせてくれた。お互いに見つめ合っているみたい。

 何かの景品で、大きな樹が育つとかいう苗をもらったけど、全然育たなくて「そんなもんよね」と、母が笑っていた。
 おもしろい思い出ばっかりだけど。うーんでもそれくらいなんだよな。

 母が植物を植えて育てることに興味があるなんて知らなかった。
 中学一年生の頃に引っ越した家には小さいながらも庭があった。

 祖父母の趣味だったのだろうか。たくさんの草花を植えた。
 印象的だったのは、矢車草、マツバボタン、ミモザ、梅、フリージア、ポピー、バラ、ミニバラ、ユキヤナギ、枝垂れ桜、かな。足の踏み場がないくらいにぎゅうぎゅうに植えていた。ミモザは根がはりすぎて庭の他の草花が育たなくなっていったので根から引っこ抜いたらしい。

 学校がお休みの日に水まきを手伝うこともあったけど、それよりも色とりどりの花々を縁側から窓越しに眺めるのがとっても好きだった。

 それぞれに個性があって可愛くてきれい。
 眺めていると、母が花の名前を教えてくれた。
 「〇〇がきれいに咲いたねー」と言うから、「どれがその名前?」と聞く。
 「あの花はなんて言ったっけ」と何度も聞くうちに、その花たちが好きになっていく。私は中でも矢車草が好きだったなあ。ピンクや紫や白が柔らかくて、その色合いに気持ちまで優しくなる。

 父が散歩好きで、母と今も散歩に出る。私が大学生や社会人くらいの頃も、「散歩行くけどどう?」「時々歩いた方が良いよ」と誘うので時々つきあっていた。
 今みたいに母が一緒の時もあって、そんな時はよその庭に咲いているきれいな花たちについても教えてくれた。

 私の花の知識は、ほぼその家で暮らしている時に得たものだ。暮らした年数も、見た種類も限られているけど、意外に長く覚えているもので。

 今も散歩中やウォーキングコースで「あ。〇〇だ」とか反応できたりする。
 写真を撮ろうとスマホをかまえる。
 そんな時、その向こうにあの庭を思い出す。

 そして教えてくれた母の声を思い出す。




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かわせみ かせみ 読んでいただいて、ありがとうございます! 心に残る記事をまた書きたいです。