『レモンと殺人鬼』 くわがきあゆ | 圧倒的物量に翻弄される 【書評】
※この記事は、『レモンと殺人鬼』のネタバレ無しレビューです。
未読の方も読める内容となっています。
ただし公式あらすじ程度の背景説明は含まれます。
先日読書メーターで、じぶんの読書記録を調べた。
どうやらわたしは、約10年ほど前、月に1冊程度のペースでミステリを読んでいたらしい。
北村薫さんや米澤穂信さん、我孫子武丸さんなど、日本のミステリ小説を中心に、特にこだわりを持たずに乱読していたようだ。
得心した。
というのも、無性にミステリを読みたくなることがあるのだ。
これは、過去の読書習慣からくるものだったのだと、ミステリを読む前に謎がひとつ解けた気分である。
もっとも最近は、年に1~2冊と、かつてのペースと比較すると無残な状態だが。
閑話休題。
そんなわたしが今回手に取り、非常に面白いと感じたのが、
くわがきあゆ 『レモンと殺人鬼』(宝島社文庫/2023年)だ。
正直な話、序盤は重々しい空気が作品に漂っており、読み進める速度は徐行といえるほどのものだった。
ネット上のデマやマスコミの過剰報道といった、現実感のある問題を据えていることも影響しているだろう。
けれどもある地点を境に事態は一変する。
それまでの安全運転が嘘のように、速度違反レベルのスピードで一気に読み終えてしまった(現実で速度違反をしたことはアリマセンヨ)。
いやぁ、これぞミステリという感覚を味わえて満足な読書である。
了……と言いたいところだが、なぜそこまで惹きつけられたのか。
その理由は、この作品が仕掛けてくる「圧倒的物量」にある。
作品のあらすじと提示される二つの謎
物語は、遺品を整理している場面から始まる。
美桜は、唯一の肉親である妹の妃奈の訃報に接した。
山中から遺体が発見 ─── 殺害されたのである。
しかも姉妹の父親も10年前に通り魔に殺されており、犯行に及んだ当時少年の佐神は、最近出所し行方をくらましているという。
さらに殺された妃奈には疑惑がある。
生前保険金殺人を犯していたのではないかと、マスコミやネット上で騒がれているのだ。
このような背景のもと、美桜は妹の無実を証明するために……というのが、おおまかなあらすじである。
そしてミステリに必須の「謎」が物語の軸となるが、それは二つある。
一つは上記で述べた「殺された妹は、保険金殺人を犯していたという疑惑は本当なのか?」という、妹の潔白に関わる問い。
そしてもう一つは、「妹を殺害した犯人は一体誰なのか?」というもの。
読者は作品を読み進めるなかで、この二つの謎を提示されるわけである。
圧倒的物量に翻弄される
本作において特筆すべきは、読者を翻弄するための仕掛けが多いことだ。
他のミステリ作品と比べても、その圧倒的物量!
現在、回想、モノローグが入り混じり、
「こいつが怪しい」「この記述はこういうことでは」と、自分なりに推測を立てるのだが、それがなかなか犯人に直結しない。
そんな仕掛けの数々には、一つひとつに驚嘆と感嘆がある。
なかには、突飛なものもあるが……
ミステリ読者は、「謎を解く」「翻弄されたい」といった二律背反を抱えているものだが(わたしの偏見ですヨ)、この作品は、後者を存分にかなえてくれるだろう。
ただし、 仕掛けの一つや二つを解くことはできても、犯人を当てるのは「無理」といえるほどのむずかしさである。
正体が明らかになった瞬間、思わず「お前かい!」と叫んだほどだ。
まあこれは、わたしの読みが凡庸だからというのもあるかもしれないが。
あと個人的には、渚が特に好いキャラだった。
彼があのように……おっとネタバレあぶないあぶない。
ともかくこの作品は、読者を翻弄する仕掛け満載の作品なのである。
『レモンと殺人鬼』は、一気読みさせる力のある作品
以上のようにこの作品は、翻弄されたい読者の願望をかなえてくれる良質のミステリだ。
まあ、第21回 『このミステリーがすごい!』大賞の文庫グランプリに選ばれているのだから、そりゃあそうである。
権威の審美眼は、やはりすごいものですネ。
今回改めて思ったのは、久々にミステリを読み、複雑な仕掛けに右往左往させられる楽しさを再確認できたことだ。
「あらゆる可能性を疑え!」「一筋縄ではいかない仕掛けがあるはずだ」といった感じに、読了前にさまざまなことを想定して謎に挑戦したわけだが、気がつけば作者の手のひらの上だった。
そして残ったのは、「非常に面白い作品だった」という純粋な評価のみである。
人物設定や終盤の展開など粗さもあるが、100ページ以上を一気読みさせ、コーヒー一杯で長時間ドトールに滞在させた主観的結果を、わたしは重視したいのだ。
記憶にも残るだろう。
特に「ウシワカウシワカ」というフレーズは。
蛇足
最後までお読みいただきありがとうございました。
久々にミステリのレビューを書きましたが、ジャンルの性質上ネタバレは厳禁なので、いつも以上に気を使いました。
ミステリレビューって情報のさじ加減が、本当にむずかしいものです。
▼このnoteを書いている人のことが気になった方へ: >
▼ミステリの書評: >
画像出典
Unsplash /作者Bence Balla-Schottner
