【掌編】MMXXVIの大魔王 #ラストワード2026
息子へ
ちょうどついこの間、ノストラダムスの大予言の話をしたばかりでしたね。
1999年、7の月、空から恐怖の大王が降ってくるだろう、アンゴルモアの大王を蘇らせるために
20世紀末の日本人の誰もが一度は「もし本当だったら…」と想像してしまった、世界が滅亡するっていうあの大予言。そうそう、きっかけは私がカラオケで川本真琴の「1/2」を歌ったことでしたね。「ノストラダムスが予言した通り/この星が爆発する日はひとつになりたい」――この歌詞、当時大好きだったんですよ。それを真ん丸な目で「のすとらだむすって何」ときたもんですから、もうね、これだから情緒の分からないミレニアムベイビーは。え、ミレニアムベイビーって何か、ですって?もういいわよ。
まさかあの予言が本当は2026年を指していただなんて。
ローマ数字の「MMXXVI」をどうやったら「MCMXCIX」と読み違えるのか…でも500年も前の羊皮紙ですものね。「じゃあ自分で解読しろよ」って言われてもできないんだから、こればっかりは仕方ないのかもね。
そしてどうやら、本当に世界は滅びるみたい。
1999年前後のあの時代、実は内心「滅びるもんなら滅びてみろよ」って思っていたんです。当時は就職氷河期で、私はしがない文系大学院生。就職が決まらないどころか面接にすら進めない時期が続いて、自分は社会に必要のない人間なんだ、なんの価値もない人間なんだ…って、毎日ベッドで泣いていた時期でした。だから「こんなクソみたいな世の中、いっそ滅んじゃえ」って本気で願っていたんです。
「私が学生だったあのころ」なんて言っても、あなたには想像がつかないかもしれませんね。私にだって髪を茶色く染めて、キャミソールを着て、あぶなっかしい安物のミュールを履いて闊歩していた時代があったんですよ。今ではすっかり「どこにでもいるおばさん」だけれど。
おとうさんと知り合ったのは、その少し後のことでした。私とおとうさんはかつて、お互いどうにか入り込んだブラック企業の戦友だったんです。本当にひどい会社だったのを今でも覚えています。あなたたちの世代からは想像もつかないような、ね。
間もなくおとうさんと結婚して、あなたが生まれて。そこからは何だかあっという間だったような、長かったような…ああでも、本当にいろんなことがあったなぁ。
小学生だったあなた。低学年のころは小島よしおにハマっていましたね。それで、私やおとうさんに叱られるたびに「そんなの関係ねぇ!」ってジタバタと。真っ赤な顔で涙目のくせに必死でやっている姿が可愛くて、ついつい許しそうになっちゃうこともありました。
高学年のときには東日本大震災がありましたね。我が家は関東とはいえ、震度5強の揺れ。あの日は本当に生きた心地がしませんでした。いえ、自分の身に何かが起こったわけではないんです。ただ、それまでに経験したことのないような、とてつもない恐怖に襲われていました。携帯電話が使えなくなっておとうさんがどうしているのかもわからない。あなたが学校で無事なのか、ケガなどしていないか…それを確かめる術もない。夕方にやっと再会できたときに私がおろおろと泣くのを、あなたは少し困惑したような顔で見ていましたね。反抗期が始まりかけていたはずなのに、あなたはそのあとしばらく優しかった。あなたなりに、私のことを心配してくれていたんですね。
中学生から大学生にかけてのあなたのこともたくさん残しておきたいけれど…あぁ、時間がない。
そうそう、あなたに彼女ができたのは高校1年生のときでしたね。「君の名は。」一緒に行きたかったのに、あなたは彼女と先に観にいってしまって。おとうさんと行ってもいいんだけど、彼はああいう人だから。あなたと一緒に初めてを共有して、感想を言い合いたかった。結局同じ境遇のママ友と観に行ったけど、鑑賞後のカフェでは息子が離れる寂しさトークで盛り上がっちゃって、映画の感想なんてほとんど話さなかった。
ねえ、私があのときこんな風に思っていたなんて、あなたは知らないでしょう。実はものすごく頑張って隠していたの。だって将来「怖い姑」になりたくなかったんだもの。その練習のつもりだったわ。
大学生のときはコロナで大変だったわよね。でも実は、「オンラインで授業が受けられるなんて、21世紀だわ」なんて思ったりもしていたの。私が大学生の頃なんて、まだパソコンも普及していなかったし、携帯電話だってガラケーしかなかったんだもの。「今の子はすごいわねぇ」なんて、そんな感想を抱いた自分にびっくりしたりね。いつの間にかすっかりおばさんになってるなぁって苦笑いしたりしてね。
ああ、もう、時間がない。
もっとゆっくり思い出したかった。
嘘。
こんな回想、したくない。
こうなるなら映画のときに文句を言えばよかったかしら。いやダメよね。でも、もう私には、ステキなお姑さんを演じる機会すら。
お願い大魔王様。私まだ滅びたくない。
※本作は上記の企画に参加するためのフィクションです。世界は多分滅びないでしょうし我が家にミレニアムベイビーの息子もいません。
開始直前にみくまゆたんのポストで企画の存在を知り、ノリと勢いで飛び込んでしまいました。普段はいわゆる商業ライターゆえ創作系の作品を書く機会などなく…新鮮な気持ちでチャレンジさせいてただきました。
皆さまの作品を読めるのがとっても楽しみです。
