「書かない自分」を想像しようとしてもむしろできない件。
こんにちは。塾講師×ライターの田中歌耶子です。
今回は「書く」というテーマのnote企画2本にまとめて参加してみようと思います。
ひとつはWebライターラボのコラム企画「私にとって、書くこととは?」。2024年5月からお世話になっているコミュニティの、noteコラム企画最終回(仮)。こいつぁ気合いを入れて書かねば!
そしてもうひとつは、みくまゆたん主宰の「書く人生がはじまった瞬間」コンテスト。こちらはなんと書籍250部突破記念イベントとのこと。すごすぎる…!こ、これはますます気合いを入れて書かねば!
というわけで、ここから先が本編でございます。
書くことと話すことと生きること。わたしにとっては全部同じ。
わたしにとって「書く」ということは「話す」と同じくらい当たり前の行為だ。だから書く人生がはじまったのはいつか、と聞かれたら、それは「文字という概念を覚えたときから、すなわち年少さんのときから」になる。
…のだが、さすがにそんな幼いころに自分の人生観を作品に落とし込んだり思考を整理するために文章を書いたりしていたわけではないので、多分いま聞かれている内容とはちょっと違うんじゃないかな、という気がする。
そういう意味で文章を書き始めたのは中学生からだ。父親にお下がりのワープロ専用機をもらってからというものの、暇さえあれば自室でカタカタやっていた。

■ エッセイを知らなかった時代の「論説文もどき」

中学時代のわたしは「エッセイ」という分野を知らなかった。さくらももこの「もものかんづめ」などは小学生のときに読んでいたはずだが、あれは「マンガ家の人がキャラクターを介さずに文字で書いた特殊な作品」みたいなものと理解しており、それがひとつの文芸ジャンルにあたること自体を認識していなかったのだ。
その結果、「論説文もどき」を書いていた。
自分の家庭環境について、学校での人間関係について、社会に対して抱いた疑問について…と言うとカッコイイかもしれないが、実際に書いていた内容はこんなもんだ。
なぜ我が家の母親はこんなにも◯◯なのか
体育の授業なんてものを全員に課す意味とは?
なぜオバサンはエスカレーターや自動改札を通過し終えた瞬間止まるのか
要するに自分が抱いた不満や愚痴をこねくり回して「ソレッポイ理屈」でコーティングする作業にハマっていたのである。
でも、当時のわたしはこの「執筆」にずいぶん癒されていたように思う。
わたしはあまり口頭で愚痴や悪口の類を話すのが得意ではない。母親がそういう発言を好む人だったので、自然と「マイナスの言葉を表に出すのは下品でカッコ悪いことだ」という価値観を抱くようになっていたからだ。
だからといってわたしだって聖人ではない。ムカついたりイライラしたりすることは無数にある。だからそれを文章にして、論理的にくっついたように見せることで、ひっそりと溜飲を下げていたのだと思う。
■ 「書くこと中毒」に陥ったあのころ

ワープロとすっかりマブダチになってしまったわたしは、小説も書いた。ショートショートも書いた。相変わらず論説文もどきもしょっちゅう書いていた。そして高校生ぐらいになってようやく「エッセイ」というものを知ったので、当然のようにエッセイも書き始めた。
書くことが楽しくて楽しくて、気が付いたら「書くこと中毒」になっていた。
17~21歳ごろのわたしは「書きたいものがあるから書く」を通り越して「なんでもいいから書くという行為をしたいのでネタを無理やり引っ張り出す」ような書き方をしていたと思う。
たとえば「イルカと鍋の共通点について」みたいに、全然関係なさそうなワードを適当にくっつけて、そこから内容を考えてみたりとか。どんな内容にしたのかは忘れたけど、なんかそれらしい形の文章には仕上げた記憶がある。
人間はどこまで一息で文章を書いたり読んだりできるのかが気になって一切句読点を使わない長文をだらだらと書き綴ることにも一時期ハマっていたんだけど実はこれ結構楽しい遊びだと思っていて実は今でも油断すると頭の中にこんなふうにばーばーばーばー文章が流れ込んできて止まらなくなることもある。
完全に中毒です本当にありがとうございました。
■ 文字だけで恋をして結婚へ

そして大学時代。わたしは晴れて(?)MMO廃人になった。文字だけで思考をすることがすっかり当たり前になっていたわたしにとって、チャットだけで会話が成立するMMOはまさに夢の世界だったのだ。
夫ともここで知り合った。知り合ったときもチャット越し。ダンジョン攻略のときのやりとりもチャット越し。なんとなく1対1で話すようになって、親しくなっていく間もずーっとチャット越し。
実際に初めて直接会うまで、実はお互いに声すら聞いたことがなかった。
そんなだから初対面でわたしは「うわ、本当に男性だったんだ」と思った。夫が使っていたのは女性キャラで、チャットは淡白なですます調。実は最初の3ヶ月くらいはこの人を女性プレイヤーだと思っていたのである。
逆に夫は「うわ、本当に女だったんだ」と思った。彼はネトゲに女性プレイヤーがいるなんて都市伝説だと思っていたらしい。
で、そのまま意気投合して付き合い始めたわけだが、それでもまだ、わたしたちはチャットをしていた。わたしが実家住まいで妹と同室だったというのもあるが、それ以上に「なんかもう文字で話すのがデフォルトだよね」という感覚があったのだ。
そういえば3年後くらいに同棲を始めたとき「え、これ口で喋らなきゃいけないじゃん」と衝撃を受けたのを思い出した。
家を出た時期のわたしは精神を病んでおり、実家にいてもずっと引きこもり状態。家族と一言も口を利かずに生活するのが当たり前の状態だった。でもずっと、彼とは文字で会話をしていたのだ。
だからわたしは声の出し方を忘れたことはあるけれど、文字の打ち方を忘れたことはない。どうだ、立派な中毒だろう(えっへん)。
■ 40代。まさか自分が「職業:書くこと」になるとは

月日は盛大に流れ、2023年。わたしは副業で「書く仕事」を始めた。そしてそこから1年半経った頃には会社を辞めて「職業:書くこと」な人になった。
なんとも不思議な話だと思う。
もちろん作家的なものに憧れた時期はあったけれど、本気で目指したことは特にない。ましてや「ライター」という言葉に抱いていたイメージは「新聞記者」「ルポライター」のような職業であり、そんな仕事は自分にはまったく縁がないと思っていたはず。
でも「ライター」的な仕事をしている。
ただ、改めて思うのは、「論説文もどき」も「何でもいいから書きまくった経験」も「文字で感情を伝えた経験」も、ぜーんぶつながっているということ。
で、そういうワタシが出来上がるためには、感情的で精神が◯◯な母親の存在も、父親が気まぐれにワープロを娘に贈るという(冷静に考えれば意味不明な)イベントも、引きこもってMMO廃人として生活していたあの時期も、ぜーんぶ必要だったということだ。
つまり。
わたしにとって「書くこと」と「生きること」はほとんど同じで。
わたしの「書く人生がはじまった」のは…うーん、こちらは悩ましい。でも今の自分を形作ったのはやっぱりあの「論説文もどき」なんだろうな。だから「中学生のときにはじまりました」ということにしよう。
以上です。
ここまでお付き合いくださった方、ありがとうございました!
まだまだ書くよ!書き続けるよ~。というわけで引き続きよろしくお願いいたします(ふかぶか)。
Discord名:田中 歌耶子
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