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本物のごはんを食べた日

「あ、これは『本物のごはん』だ……」
 そう思った瞬間、涙が出た。
 温かくて、柔らかくて、わたしの知る味より甘さ控えめな肉豆腐。
 数年ぶりに食べた、ひとの手料理だった。

 二十代のころ、わたしは摂食障害にかかっていた。
 きっかけはダイエット。食事制限をしていたら、やがてカロリーそのものに恐怖を抱くようになり、家族と同じ食事を摂ることを拒むようになった。食事の時間帯にはリビングから離れ、自室で無糖ヨーグルトにノンフライのシリアルを混ぜたものか、ドラッグストアで売られているレトルトの離乳食を食べていた。

 治療を受けるなかで、わたしの精神疾患の原因のひとつとして「母親との関係」が指摘された。アダルトチルドレンの傾向が見られ、実家にいる限りは同じことを繰り返してしまう、と。
 そこでわたしは環境を変えるために一週間ほど自主入院をしてみたり、数ヶ月ほど一人暮らしをしてみたりした。が、精神的に不安定な上にまともな家事経験のないわたしの一人暮らしなど成立するはずもなく、生活はあっという間に破綻。一日中ダラダラ寝込み、ゴミ出しの時間にも起きられず、部屋は数週間も経たないうちにぐちゃぐちゃになってしまった。そんなときに「一緒に暮らそう」と声をかけてくれたのが、当時交際中だった現在の夫である。

 夫はこのタイミングで仕事を辞めた。そしておよそ一年間にわたって、わたしの面倒を見るためにずっと家で一緒に過ごしてくれた。

 この時期のことは、今となってはほとんど覚えていない。薬を毎日何種類も飲んでいたし、途中からはアルコール依存にも陥りかけていたからだろう。ただ、投薬とカウンセリングの効果が出たのか、少しずつ「食べ物っぽいもの」を口にできるようになっていった。とはいえ日によって波があり、毎日彼と二人でアパートの近くのセブンイレブンに通い、その日の気分で食べるものを選ぶ生活だった。

 最初はヨーグルトやゼリーなどの冷たいスイーツが中心。やがてサラダを食べられるようになり、サンドイッチへ。おにぎりを買ってみたもののやっぱり怖くて食べきれず、彼に引き取ってもらったこともあった。やがて冷たい麺類が食べられるようになり、グラタンがOKになり、ついにお弁当へ――。

 一年ほどコンビニ生活を続けたある日、彼が「夕飯を作る」と言い出した。
 彼もずっと、わたしに付き合ってコンビニ食生活をしていた。しかし彼はもともと学生時代から寮生活と一人暮らしを続けていた人で、本来自炊するタイプの人なのだ。
 その日は彼がコンビニではなくスーパーで買い物をしてきた。彼が学生時代から愛用している炊飯器を取り出して、「まだ使えるかな」と言いながらセットする。無事に動いた炊飯器からシューシュー湯気が出てきて、わたしは一人緊張していた。いや、もしかしたら彼もこっそり緊張していたのかもしれない。

 小一時間くらい経っただろうか。ついに夕飯ができあがった。ローテーブルに食器が並べられ、食事のときがやってくる。

 メニューは、ごはんと、お味噌汁と、肉豆腐。最低限、豆腐だけでも食べられるようにと選んでくれたのだろう。

 炊きたてのごはんと、柔らかく煮込まれた肉豆腐。そっと口に入れた瞬間、身体全体が反応した。血管が熱くなって、エネルギーが入ってくるのを感じる。

 ただただ、「本物のごはんだ」と思った。
 そして、なぜかぽろっと涙が出た。
 わたしはそれを、彼に気づかれる前にそっと拭って、そのままニコニコと完食した。
 その感情が何だったのかは、今でもうまく言葉にできていない。ただ、あれから二十年近く経った今でも、わたしの身体はあの日の肉豆腐のおかげで生きているような気がしている。


本作は双子のライオン堂で行われた『随筆の教室』で提出したエッセイをベースに、わずかな修正を加えたものです。テーマは『食』。

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