スンダランドとオリンポス神話:ポセイドンが海神になる前の物語
12000年前に東南アジアに存在したという巨大な陸地スンダランドが水没したあと、インドネシア東ジャワに残る「タントパゲララン」という神話、最高神に相当する「バタラグル」と、ギリシア神話のオリュンポス神話の「ポセイドン」
プラトンのアトランティスの記述に登場する王「ポセイドン」の正体について、そして、古代ギリシア文化と東南アジアは、じつは
太古の地中海、海洋文明ミノア文明と接触があったのではないか?
という可能性について考えてみました。
1.スンダランドの神話
スンダランドは、海面上昇によって、
12000年前から7千年前頃までに
現在のような東南アジアの島々になったと言われていますが、
その島々の一つ、ジャワ島にはこんな古い伝承が残っています。
世界がまだ形を持たなかった頃、揺れて安定しない島がありました。
最高神は、天界の神々に命じて、一つの山を巨大な亀の背中に載せ
ヘビを巻き付かせてくくりつけその島へと運ばせました。
島の中心に降ろされると、
山が大地を固定する錨となり 人のすめる安定した島となりした。
運ばれた山の名前は、マハメル山、
偉大な山という意味で、神々の住むところ
ジャワ島で一番高い山 スメル山の名前は
度々大爆発を起こしていることで
ニュースで耳にしたことがあるかもしれません。
この物語は、16世紀頃に書かれたものですが、
内容自体は、ジャワ島に古くから伝わる伝承です。
ジャワ島のあるジャワ海の海底もかつては陸地として
隣の島と繋がっていました。
それで 「世界がまだ形を持たなかった頃」とか、
「安定しない島」といった表現は、
実際の不安で恐ろしい体験の記憶がうつしだされた伝承、
つまり、スンダランドが水没した時代にまで遡る、
非常に古い記憶であると考えられるのです。
この神=ポセイドンに相当する存在
この神話では、最高神の名前を「バタラグル」
天上界のことを、「カヒャン」といいます。
カヒャン信仰は、イスラムやヒンドゥー、仏教よりも、
ずっと古い前から存在する最も古い信仰としてインドネシア各地に
残っています。
神聖な高い山の上に、神々の住む世界がある
マハメル山は、ギリシア神話でいうと、「オリンポス山」に相当します。
プラトンの記述アトランティスが、スンダランドのことだったとするなら、
ポセイドンに相当するのが、バタラグルということになります。
でも、ギリシア神話の最高神はゼウスですよね?
アトランティスの伝承に登場する、ギリシア神話の神様は、
私たちの知っているギリシア神話の、ストーリーとは
違った意味合いを持っています。
ギリシア神話の成立の歴史を紐解いていくと、
最高神はゼウスではなくて、ポセイドンだった時代があるのです。
2.征服の足跡「ミノタウロス神話」
ギリシア神話の成立は、紀元前2000年以降、
ギリシア半島に移動してきた、牧畜系、戦士系のインド=ヨーロッパ語族であるギリシア人が、
当時、地中海のクレタ島を中心として栄えていたミノア文明の神々や信仰を自分たちの神様と融合させることで生まれた、”征服の産物”、
ミケーネ文化が基になっています。
ミケーネ時代に成立した神話のひとつ、ミノタウロス神話からみていきましょう。
迷宮に閉じ込められた怪物ミノタウロスの話を聞いたことがありますでしょうか?
ミノス王の妻が生んだ白い牡牛の子、牛の頭を持ち、
人を食べる恐ろしい怪物、ミノタウロスが、
アテネの英雄に退治されるというお話です。
ミノス王というのは、ミノア文明、つまり、クノッソス宮殿のあった
クレタ島の王様を象徴する名前です。
この神話が書かれたのは、ミノア文明が、
ミケーネによって征服された後の話です。
ミノア文明では、牡牛は、神聖な生き物、自然の力、
豊穣の大地や、海と王権の象徴でした。
神聖な存在とされてきた雄牛と王様の妻が交わり、
ミノタウロスという怪物を生んでしまう。
こんな屈辱的な物語が作られた目的は、
ミノタウロスを退治する英雄テセウスの、アテネの王様としての権威を
強調することだったといいます。
アテネの名大工ダイタロスに造らせたという
一旦入ったら誰も出てこれないというあの、迷宮ラビリンスというのも、完全なつくり話でした。
部屋数だけでも1000以上、通路が曲がりくねって
迷宮のような構造の、クノッソス宮殿のイメージから生まれた
誇張と想像の産物でした。
ラビリンスという名前は、クレタ島の聖なるシンボル、
神殿や柱に刻まれる、二枚刃の斧、ラビュリュス という言葉が語源となっています。
クノッソス宮殿をつくったのは、ミノアの官僚と職人集団。
でも、人間技と思えない複雑な建造物をみると、
自分たちの文明じゃなくても「これはダイタロスの作ったものだ」と言いたくなるのは、ギリシア人の習慣だったようです。
クノッソス宮殿は、ただ複雑で巨大な見せかけだけのものではありませんでした。
穀物、オリーブ油、ワイン、の貯蔵庫、
さらに、織物や染色、壺や陶器、金属加工のための工房といった機能に、宗教儀礼の施設と行政機能がまでが一体化された複合施設だったと考えられています。
その城のつくりからして、
城壁がなく、武器も少ない、イルカや貝などの海洋生物の壁画で飾られた
明るくて開放的な構造。クレタ島には、クノッソスのような宮殿が複数あって、交易のハブとなっていたのです。
ところが、紀元前1640年頃から、度重なる地震で何度も破壊と修復を繰り返し、さらに、紀元前1600年頃と推定されるサントリーニ島の火山大噴火
クレタ島ミノア文明の宮殿を中心とした
経済は、弱体化していき、それからおよそ150年後に、島の主要宮殿の殆どが焼失し、
その地層から、武器や戦闘の痕跡が見つかるようになりました。
この頃、クノッソス宮殿はミケーネ人に乗っ取られ、
城壁や防衛構造が築かれるようになりました。
クレタの経済はギリシャ本土の軍事国家の一部となり、ミノスの海洋商人文化は終わりました。
そして、クノッソス宮殿は、その約100年後に大火災によって焼け落ち、歴史の舞台から消えていきました。
3.海の神様ポセイドン神話のはじまり
ミノタウロスの話に戻りますが、この悲劇のはじまりは、白い牡牛を捧げることを惜しんだミノス王に、ポセイドンが下した罰だったんです。
ポセイドンは、元々はミケーネ人が信仰していた地震の神様で
手に持っている 先が3つに分かれた槍は、
地面に突き刺して地震を起こすためのものなのだそうです。
この神話のあたりから、ミノアの牡牛の 海の神としての権威が、
ミケーネの地震の神様ポセイドンに吸収されて、
後の世界では、海の神様と言えば、ポセイドン、ということになりました。
こんな風に、自然崇拝のミノアの神話を吸収して、
自分たちの英雄や王様、権力、戦争、の物語と融合させていったのが、
ギリシア神話のはじまりでした。
ミケーネの時代はまだ、ミノアから引き継いだ
海上交易が、経済の担い手だったということもあって
地震つまり大地と海の神、ポセイドンは陸と海の両方を司る
最高神として信仰されていました。
しかし、その後、海洋交易が衰退し、
ギリシア本土内陸の農耕を中心とした都市国家、
ポリスが力を持つようになると、
雷の神ゼウスが 最高神として
崇められるようになり、
ポセイドンの管轄は、海だけに限定されるようになります。
プラトンがアトランティスについて書いた頃は、
ホメロス神話の後の時代、つまりゼウスが既に
最高神として、崇拝されていた時代です。
ギリシア人というのは、他所の国の建築文化さえ、自分たちの神様の名前に置き換えて考えることが普通のことでしたから、
エジプトの神官の話を、海の神と理解して
ポセイドンと書きとめたのは自然なことです。
でも、プラトンの書いたアトランティスの話は、
9000年も前の話、ギリシア神話もまだ無かったですし、
原型があったとしても、
ポセイドンはまだ海の神様でもなかった頃のお話。
(アトランティス=スンダランド論の動画はこちら)
さらに、ミノア文明がなかったら、
ポセイドンは海の神様じゃなかったかもしれません。
ミノア文明の起源は、紀元前7000年頃にクレタ島へ広がった農耕文化にさかのぼると言われています。
ところが、紀元前3000年頃になると、島には高度な航海技術と宮殿を中心とした経済システムが
突然のように登場し、クレタ島は
地中海の交易ネットワークの中心地へと
急速に成長しました。
『エデン・イン・ザ・イースト』の著者、
スティーヴン・オッペンハイマー氏は、
この急激な発展を、地中海世界の内部だけで
説明するのは難しいと指摘しています。
なぜなら、ミノア文明が成立するより
遥か以前、東南アジアではすでに
広大な海域を結ぶ交易ネットワークが存在し、
インド洋一帯を航行していたからです。
そのため、エジプトや中東を経由して
文化や技術が地中海へ伝わった可能性、
そして、ミノア文明は
インド洋〜東南アジアを結ぶ海洋ネットワークの“西の端”に位置する文化だったのではないか、という説が提示されています。
