映画「おばあちゃんへのラブレター/Dear You」観劇記録@KL
夫に誘われて中国映画を観た。題名は『Dear You 给阿嬷的情书』、邦題は『おばあちゃんへのラブレター』。今調べてやっと日本でも公開されてるのを知ったくらい全然何も知らず、期待もせずにふらっと観に行ったのに、自分でもびっくりするくらい感動しまくって、帰りの車の中でも大泣きし、明らかに夫が引いていた。
潮州語の中国映画
私の夫は中華系。中華系の中でも福建の近くの潮州をルーツとする潮州人である。母語は潮州語。私は潮州語が分からないので、夫の親戚たちの会話には入っていけないのだが、なんと今回、全編が潮州語でできた映画が公開された!
中国映画といえばたいてい標準語(マンダリン)、香港映画は広東語だし、潮州語の映画というのは初めてだった。というか、夫の家族や親戚以外が潮州語をしゃべっているのを初めて聞いたので、「へー、この女優さん、夫のおばちゃんに喋り方そっくり」「『行くよ』って言う時ほんとに『ンギャギャギャ』って言うんだ」とか、不思議な親近感が満載だった。
夫の一族もそうだが、潮州人は海外への移民が多いことで有名。マレーシア、シンガポール、タイ、ベトナムなどにコミュニティが今も広がっている。今回の映画はまさに海外へ渡った潮州人たちの話だ。
海を渡る手紙
物語は現在から1950-60年代、そして中国とタイを行き来するのだが、メインとなっているのは、中国の国共内戦から海外へ逃れて出稼ぎをする夫と、中国に残って子どもを育てた妻と、その間を行き来した手紙である。出稼ぎ男性が仕送りと共に中国の故郷へ送った手紙は「侨批Qiaopi」というらしいのだが、ちゃんと本国に手紙と現金を送れるシステムが、こんな前から存在していたとは驚き。
さらに映画のエンドロールで現存する実物の「侨批Qiaopi」の手紙が次々とスクリーンに映し出されて、海を渡ったこの手紙たちが大量に残っている事実に鳥肌がたった。受け取った妻・子ども達が、大切に大切に保管してきたのかな、もしかして子ども達は手紙の送り主に会えないまま、手紙を大事にしてたのかなとか思うとまた涙腺ゆるゆる。
代筆屋さん
これだけ送金・郵便システムが整っていても、なんと登場人物たちの多くは、文盲で字が書けない。そこで男たちは、「侨批Qiaopi」を送ってくれる私設郵便局のような所へ行き、書いてほしいことを口頭で伝えてその場で書いてもらう。つまり郵便局兼代筆屋。
映画の途中、タイにある「侨批Qiaopi」郵便局で、祖国へ送金する男たちが列をなしている様子に下宿屋の女性が茫然とするシーンがある。その女性は自分の下宿屋に寝泊まりしている金払いの悪い荒くれ者の男たちがどんな思いで毎日お金を切り詰めて生活していたかを、そこで目の当たりにする。
新妻を残してきたらしい若い男が「書いてください」と切々と妻への愛の言葉を紡いで代筆屋さんを赤面させ、また別の男は謝りながら列に割り込み、「この金を妻に。売られた娘を買い戻せと書いてください」と借金しまくって作っただろうお金を震えながら差し出して、代筆屋さんは、「わかった。奥さんの名は?」と落ち着いて対応しながら手紙を書いてやる。
現代の感覚からいうと、この男性達は何年も妻子を故郷にほったらかしにするダメな夫の部類に入るかもしれないけれど、仕送り片手に列に並ぶ男達には確実に、今とは違う形の猛烈な愛情があった。誰かのために身を粉にして必死に働くことができたこの人たちって、強くてかっこいいなあと思った。一生懸命、彼らの言葉に耳を傾けて手紙を書いてやる代筆屋さんもかっこいい。
代読文化
ただ、手紙が届いても、受け取り手も文盲なので、やはり誰かに読んでもらわないといけない。夫も妻も、手紙が来ると早く内容を知りたいというもどかしさを爆発させて大慌てで字の読める人に声に出して読んでもらうので、周囲の人には、その人がどんな頻度でどんな手紙を伴侶から受け取っているか丸分かり状態。今だったら恥ずかしくてたまらないけれど、必死すぎて誰もそれを恥ずかしがらず、お互い助け合いが当然の精神で生きている。また周囲の人間を巻き込んだ文通だったからこそ、この映画のようなドラマが生まれもする。
明かされる秘密…
物語はミステリー仕立てになっていて、故郷を出たままタイで成功して暮らしていると思われていた夫が、孫の調査によってかなり前に亡くなっていたことが発覚する。ところが夫の死後も夫からの手紙や送金があったのは、どういうわけなのか…?夫がタイで成功したと思われていたのはなぜなのか?夫が作ったという学校とは?夫はなぜ一度も故郷に帰ってこなかったのか?というたくさんの謎が、映画が進むに連れてだんだん明らかになる。そしてそこに潜むたくさんの人の山ほどの愛情と優しさと責任感・使命感がミルフィーユのように重なって、塊となって涙腺を直撃。途中からぶひぶひ泣きながら観ていた。
亡くなった夫の「遺産」が、時を超えてすべて妻にちゃんと届くところで映画が終わり、大感激、大感動だった。
漂うユーモアと余裕
歴史的な話だけに悲しい場面も多いのだが、実はびっくりするほどコミカルなシーンが多い。後で夫に聞いたら、黙々と働くのも、ジョークを言い合うのも潮州人らしさなのだと言う。どんなに暮らしが辛くても、ジョークを言いあう余裕と助け合いの精神を忘れないって、なかなかできることではない。
映画館でよく反応するマレーシアの観客たちは、たぶん5分ごとに大爆笑していた。切ない遠距離カップルの話なのに、全然くたびれず飽きずに最後まで一気に見られたのは、次々挟まれるジョークのおかげだろう。ちなみに潮州ジョークは結構鋭め。
全体に美談にしすぎず、夫も聖人君子でなく粗野な感じで描かれ、タイに渡って調査をした孫に至ってはお金目当てに祖父を探すというダメ人間の設定で、それがよりリアルで良かった。
文字を書くこと
タイトルにも「レター」とあるように、文字を書くことについて考えさせられた。教育を受けて読み書きを学ぶことの大切さ、そして相手を思いながら手紙を書く行為の美しさを、この映画は丁寧に描いていると思う。
文字を書けない夫が、妻の名の漢字を見様見真似で練習し、その紙が妻の元に届くところなど、今思い出しても涙がでる。
漢字と紙を発明してくれた古代中国の皆様、ありがとう。ちなみに子ども達が読み書きを習うために漢詩「春暁」を唱えていて、それだけでもぐっときてしまった…。しかもその子どもたちが立派な大人になってまた再登場するとか、泣かせにきてるだろ。
トイレでも余韻は続くよ
映画が終わって、ぐすぐすしながらトイレに行くと鏡に映った自分のブサイクな顔を見てびっくり。泣きはらしてバンバンで、「うわ、恥ずかし!」と思ってとっさにまわりを見ると、トイレにいた女性達も全員真っ赤な目でぐすぐすしていた。トイレの個室から長いトイレットペーパーを顔に押しあてながら出てくる人も。子ども達だけが元気にしゃべっていて、「ママ、あれってホントの話なの?」と飛び跳ねている子に、中華系の母親が「ママのおじいちゃんの時代は、あんなだったのよ」と話しているのを聞いて、そうかマレーシアにいる中華系にしてみれば、かなり身近な自分のおじいちゃん達の話なのかとまた驚かされた。
潮州人である夫に感想を聞いてみると、「潮州人として、ご先祖様たちを誇らしく思うよ。唯一僕がわからなかったのは、潮州のオリーブの実が出てきたシーン。マレーシアにオリーブはないからね。」気になったとこがそこ!?と思ったが、夫は先祖のルーツである潮州に行ったことがなく、潮州人でありながら潮州のオリーブを知らないのが残念だったらしい。よし、今度潮州に行ってみなきゃね。
この映画は家でまた観たい。何度も観たら、潮州語がちょっとは上手くなるだろうか。もれなく目が腫れ上がるおまけ付きだけど。
↑なんと、侨批Qiaopiは、ユネスコの世界の記憶遺産に登録されていた。知らなかった…!
