親・先生以外のナナメの関係の重要性
子どもたちにとって家庭は重要である。
家庭は子どもたちとって安全基地であり、子どもたちが最初に触れる小さな社会です。ここで子どもたちは無条件に愛され、守られることで、外の世界へ飛び出すエネルギーを蓄えます。
では、家庭があれば子どもたちがその子らしく生きていけるのかと言われたら、それだけではない。
家庭という絶対的な土台の上で、子どもたちを支える『親以外の大人(ナナメの関係)』の存在が重要になってくるのです。
私は訪問保育士(シッター)として働いていて、さまざまなお子さんに出会ってきた。
「ママには言わないで欲しいんだけど…」と話をしてもらったり、「(私と)話たい」とその子の心にある思いを伝えてもらうことがある。
きっと子どもたちにとって、久島佳代という存在は意図を持たない大人(ナナメの存在)として認識してくれるのではないかと思っている。
ナナメの存在とはどういう存在か
まず、子どもたちにとってタテ・ヨコ・ナナメの存在がいることをお話しさせていただきます。
子どもたちにとって「親」や「先生」のような存在がタテの関係となります。
そして、友達がヨコの関係になります。
では、ナナメの関係とは何か。
・身近な親戚・知人: 祖父母、叔父・叔母、いとこ(年上)、近所のおじさん・おばさん
・地域のボランティアや年長者: 子ども食堂のスタッフ、地域の学童保育の指導員、キャンプのリーダー(大学生ボランティアなど)
・シッター(訪問保育士):「おうちという」安全基地にいながら出会える特別な大人
※「ナナメの関係」とは家族以外のその子をその子として認めてくれ、矯正しない大人の存在ともいえる
なぜ「ナナメ」が良いのか?
親や先生といった「タテの関係」だと、子どもは「怒られるかもしれない」「期待を裏切るかもしれない」「成績の上下」と身構えてしまい、格好悪い部分や本当の悩みを隠したくなることがあります。また、友達には「嫌われたくない」という心理が働きます。
しかし、ナナメの関係の大人に対しては、「親には言えないけれど、この人なら話せる」「学校の友達には見せられない弱音を吐ける」という現象が起こります。
家庭でも学校でもない、第3の場所(サードプレイス)にいる「ナナメの大人」は、子どもにとって息苦しい日常から少しだけ解放され、ありのままの自分でいられる安心な存在なのです。
なぜナナメの関係が有効なのか
1. 心理的安全性と自己肯定感の向上
家族以外の大人からの肯定的な関わりは、子どもに「親以外の人間からも認められた」という強い自信を与えます。
愛着理論の拡張とソーシャルサポート: 心理学の領域では、子どもが困難に直面した際、親や先生だけでなく周囲の大人から受ける「社会的支援(ソーシャルサポート)」がストレスを軽減し、精神的な回復力(レジリエンス)を高めることがわかっています。
なぜ大切か: 親との関係が一時的にぎくしゃくした時や、家庭内で言えない悩みを抱えた時、逃げ場となる「第2の安全基地」になります。「親に怒られるかも」という不安なしに話せる大人がいることで、精神的な孤立を防ぐことができます。
「お母さん、お父さん以外にこんなに自分のことをわかり大切に真剣に向き合ってくれる大人がいる」という経験は子どもたちが生きていく上できっと支えになっていくと思います。
2. 社会的資本(ソーシャル・キャピタル)と将来の選択肢の拡大
家族とは異なる価値観や職業、生き方に触れることは、子どもの将来の可能性を広げます。
多様なロールモデルの効果: 教育社会学などの研究において、子ども期に多様な大人と関わった経験を持つ人ほど、成人後のコミュニケーション能力や社会的関心が高く、自己肯定感も強い傾向があることが指摘されています。また、地域のつながり(ソーシャル・キャピタル)が豊かな環境で育った子どもは、非行率が低く、学業達成度にも好影響があることが知られています。
なぜ大切か: 「会社員」「主婦(主夫)」「学校の先生」といった身近な世界だけでなく、多様な大人の姿を見ることで、「こんな生き方でもいいんだ」という選択肢(ロールモデル)を学びます。これが、将来の社会的自立をスムーズにします。
3. 「評価」から離れた無条件の受容
学校(タテの関係)や友達(ヨコの関係)では、成績やスクールカーストといった「評価」がつきまといます。
「ナナメの関係」による居場所感: 日本の不登校支援や地域教育の現場における調査でも、子どもにとって「利害関係のないナナメの大人」との関わりが、自尊感情を回復させる特効薬になることが実証されています。
なぜ大切か: 「〇〇ちゃんの親だから」「テストの点数が良いから」といった条件付きの評価ではなく、一人の人間として対等に接してもらえる経験が、子どもの心の安定に直結します。
エピソード:「ママに嘘ついちゃった」
先日、「かーたん(私)と話したいから来てほしい」と言われたので「どうしたの?」と聞くと「ママに嘘ついちゃったの」と話をしてくれました。
何を嘘ついちゃったの?と聞いてみると、お母さんに伝えた友達とのやり取りのエピソードが全て作り話だったことがわかった。
なぜ作り話にしたのかを聞いてみると「怒られると思ったから」と彼女は言った。だったら「隠す」という選択をしてもいいと思ったのだけど、子どもの心はそんな単純ではない。
よく聞いていると彼女の心の葛藤が見えてくる。
作り話をしてでも伝えたかったわけ
私には「(ママに)怒られると思ったから」と言っていたけど、話を聞いてみるとそれもあるのだけど違う気持ちもあったことがわかった。
彼女は、自分が友達に悪いことをしてしまったのではないかと思っていて、その責任をどう取ることがいいのかということを知りたくて作り話をしていたのだ。
本当の気持ちは「怒られるかもしれない、でも助けて欲しい」というところだった。
「怒られると思ったから」の一言では、大人は「嘘をついた」「隠そうとした」ということだけに目が向きがちになる。
でも、本人の本当の気持ちは「助けて」だったらどうだろうか。言葉と本心のズレが生じている。
でももう言ってしまって、ママに嘘をついたという罪悪感とそれでも助けてほしい気持ちが入り混じった結果、私に話したいと思ったのだと思います。
彼女にとって私はナナメの関係であり、感情を評価しない大人として認識してくれているのだと思う。
このように、本人同士だと感情が入り混じりすぎて言葉と心のズレに気付けない可能性があります。
それが故に、お互いの本当の感情が“そのまま”伝わりづらくなる傾向があるのです。
それを減らすためにも「ナナメの関係」は重要になって来ます。
家族だから全て言えるということではない。
家族だから全て言えることがいいことでもない。
家族だからこそ、傷つけたくない、心配させたくない、悲しませたくないという想いから言えないことも子どもたちの中にはいくらでもある。
家族だから“こそ”言えないことがあるのです。
それは決してダメなことではなく、子どもたちの健全な家族以外の安全基地として残せるといいなと思っています。
また、親や学校の先生でもナナメの関係が作れないということではありません。素敵な親子関係を築いている方もいますし、世の中には本当に素敵な先生もいらっしゃいます。
この記事では、子どもが育つ中で、いかにさまざまな価値観に触れ、無条件に時には無責任とも言えるような関係の大切さがあるということです。
その子の、その子だけの“今”をただ一緒に感じて喜んだり、良い悪いという判断ではなくありのままを聞いてくれる大人の存在(ナナメの関係)が子ども世界には必要だと思っています。
