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アフタヌーンティーにのりたま浮いて蟻

ありがとう、ありがとういてくれて。

雨の日の午後は冷たく アロワナの一本巻が皿を滴る
――溢れ出す「回転しない回転寿司屋」にて

 カウンターに座りたい派 vs アフタヌーンティ容認派 とが、和平交渉を始める支度の途中、不意に「ありがとう。ありがとういてくれて」を伝えなければ、今、伝えなければ、もう、現世で伝えなければ、梅が散り、桜の開花までの狭間の「今」、とくに人間の瞼いちばん薄くなる「今」伝えなければ、伝えるのに最適だったはずの時間が あと53分くらい(それはエコバック三袋分のカヌレの重さほど)しかないから。click

高田馬場か北千住かと聞かれて。
武蔵が無双する沿線はどこかと尋ねれば中央線かと答えてくれた人が好き。
そんななか「分倍河原は岐阜羽島に通ずるものがない?」と横槍をいれてきた名前も知らない同級生にすら、ありがとうと伝えなければ。

 使命感というより指名感だった。
名前を知っている人と名前を知らない人との違いを考えるとき、ヒヤシンスの水栽培を、わたしはいつも思い出して、白い根が、ホタルイカの酢漬けみたいな形でそれは、子宮みたいだと言ってしまえばたちどころに先生から、はんなりと「安易やわぁ」とたしなめられてしまうと思う。
 ありがとう先生ありがとう。いてくれてありがとう。常にわたしに微笑んで、受け入れながら玩具にしてくださった唯一無二の先生=神様=上位自我=スーパーセルフ=大文字のS SENSEI ありがとう。
 先生はわたしの内の閉ざされていた三階に発生し、たった一人でせっせと片づけをしてくれた。天井裏に入り込んだネズミよりも大きく、ハクビシンよりも白く、ランドクルーザーよりも柔らかな先生は、だけど結局、北海道へ嫁いでしまう。同姓だったからよけいに許せないわたしは、本当のココアを最後に一緒に飲もうとここに誘った。

 ありがとう本社の人 ありがとう厨房のパティシエの卵たち わたしが脚を二本折ったときに学校で車いすを押してくれた同級生たち ベルトコンベア技師と、たくさんの歯車のみんなありがとう。

 相手の名前をわたしは知らない。
S=SISTERはつねにその人を定冠詞で呼称していたから。
「むしろ、ナイフのK。いいえ違うな。ホセのJかしら」
などとうそぶきながら、姉は金色のスプーンを無意識的に曲げてしまわないように、不快な逆念波を撒き散らしながら、甘くないココアに口をつける。

 カップを縁取る金色に口紅がつかないようにしてくれた研究員の人、その研究にお金を払った人、ジェネリックの人ありがとう。
 カウンターの先生の席でアフタヌーンティが揺らぎながらも倒れないように、微細な速度調整をしてくれるプログラムを開発してくれた同僚のPありがとう。
 パソコンがインターネットにつながらなかったとき、電柱からヒカリファイバーの束をごっそりと引きずり出した嵐の午後、ぺろんと現れた顔を無視してそっと、適正なヒカリファイバーだけを選り取って再び、わたしに結線してくれたNTT関連会社に勤めた従弟は、アフガニスタンに在留中だけど届くといいな。ありがとう。
 生んで育てて笑って死んでいったお母さん、いてくれてありがとう。
 涙は甘いって教えてくれた父方の祖母ありがとう。
 蟻がたかったものは吹けば食べられると言いながら、砂糖壺で蟻を飼っていたホテルマンを紹介してくれたスターバックスでしか会わない名前もしらない素敵なステッキの初老の人ありがとう。

 全ての死んでしまった人、ありがとう。
今後、ひっきりなしに朗らかな死を賜る人、ありがとう。
 わたしの替りに死んでくれた恩着せがましいイエス=キリスト、ありがとう。ダーウィンよりニーチェが好きでレンズが入っていない眼鏡を年中無休でかけ続けていた美術部顧問に請われて、裸婦モデルをしていた当時の武蔵小杉の瀟洒な画室で、いつも山羊の乳を暖めてくれた塚間春江さんありがとう。
 わたし自分の名前が嫌い、と泣きじゃくりかけた寸前に、護身術みたいな技で羽交い絞めにして、耳元でそっと「熊蜂の飛行」をスキャットしてくれた、屈強なビーチS=SAFEGUARDありがとう。
 わたしから目の前にある死をとりのけてくれる仕組みをがんばって動かしながら、思いがけない死を用意してくれているみんな、ありがとう。

 さとうのごはん、ありがとう。
 のりたまありがとう。
 のりたまにたかった蟻ありがとう。
 アフタヌーンティーに群がる無数の蟻、ありがとう。

 60分にわたるこんなわたしの叫ぶ詩人の会みたいな、たった一人の演劇サークルの発声練習みたいな、かわいいだけが生きてるみたいなわたしが、最後のカヌレを飲み込んでしまうのがあまりに悔しくて、なんども反芻するときのゲップみたいな、あんきも軍艦や、あおさ味噌汁がくるまでのつなぎでしかなかったとしても、現世に生まれてきてくれたみんな、ありがとう。

 わたしのことを覚えている人も、覚えていない人も、ロスアンゼルスへ飛び立つ飛行機の翼と雲の隙間から辛うじて見えたマンモス団地の灯りの数だけ、大好きだよ。

 ありがとう。

 来世でわたしを殺す人たちも、クリスチャンだけど車にひかれた烏をみたときにだけ「南無観音菩薩」といくども繰り返しちゃうガソリンスタンドでアルバイト中の水上姫奈さん、ありがとう。

もう時間だね。

お姉ちゃん。もう帰ってきちゃだめだよ。でも、帰ってきてくれてありがとう。

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