「私がやらなくてもいい」はずなのに、できなかった理由 MBTIに絡めて
※MBTI(エムビーティーアイ)というのは、
「16タイプに分けて性格の傾向を見ていく診断」のことです。
https://www.16personalities.com/ja/%E6%80%A7%E6%A0%BC%E8%A8%BA%E6%96%AD%E3%83%86%E3%82%B9%E3%83%88
人のものの考え方や行動パターンを
・外向(E)か内向(I)
・直感型(N)か感覚型(S)
・思考型(T)か感情型(F)
・判断型(J)か柔軟型(P)
の4つの軸で分類して、それぞれに特徴があります。
私はその中で、**INFP(擁護者タイプ)**に当てはまるみたいです。

私は昔から、頼まれごとを断るのが苦手だった。
それが“やさしさ”だと信じてたし、
実際そうすることで誰かの役に立てるなら、それでいいと思ってた。
でも気づいたら、何でも“私がやる人”になってた。
ほんとは「私がやらなくても回る」って、わかってる。
でも、誰かが困ってそうな空気を感じると、
もうその時点で身体が動いてしまう。
「頼まれてないのに引き受ける」
「手を出さなくてもいいのに、フォローしてしまう」
それが無意識のうちに、私の“普通”になってた。
でも、正直に言うと、
私が全部引き受けてきたのは、誰かのためじゃなかったのかもしれない。
自分が安心したかったから。
頼まれる前に動くのは、
人に期待して待つことが怖いから。
失敗されてモヤモヤするくらいなら、最初から自分でやったほうがいい。
誰かがうまくやれなかったときに、
「やっぱり私がやっとけばよかった」って思うのがしんどいから、
だったら最初から自分が全部やっておく。
その方が心がザワつかない。安心できる。
誰かの役に立ちたい——というより、
自分の不安を減らすための“先回り”だった。
それに気づいたとき、
ちょっと恥ずかしいような、でも少し楽になったような、
なんとも言えない気持ちになった。
とはいえ、「安心のためにやってる」と気づいたからって、
すぐにやめられるわけじゃない。
たとえば仕事で、
誰かがちょっとモタついてるのを見ると、
やっぱり手を出したくなる。
「やったほうが早いし、間違いも少ないし」
って頭の中で自分に言い訳して、
結局いつものように自分が引き受けてしまう。
でも、あるときふと思った。
「間違えてもええやん」
「その人のペースでやってもええやん」
「私が不安になるのと、相手が育つのと、どっちが大事?」
そう思えた瞬間が、ほんの少しだけあった。
もちろん、まだまだ怖い。
任せてみたものの、やっぱりミスされてイラっとする自分もいる。
「結局あとでフォローするの自分やん」って思う日もある。
でも、そこでグッとこらえる。
「これは、その人の経験値になる」
「私は私の領域を守る」
って、自分に言い聞かせる。
それを何度か繰り返しているうちに、
ちょっとだけ、“無理しない練習”ができるようになってきた。
その一歩ができたのは、
「私がやらなきゃ」という思い込みに、名前がついたから。
それがMBTIで言うINFPの“くせ”なんだと知ったから。
性格って、変えられないと思ってた。
でも、くせなら、ちょっとずつ手放せるかもしれない。
子育ても、母との関わりも、
決して楽な道じゃなかったけど、
私にとっては、ただの試練じゃなかった。
「しんどかったね」で終わらせたくない。
ちゃんと、自分の成長に変えたい。
そう思ってしまうあたり、
やっぱり私は真面目な性格なんやと思う。
(つづく)
