犬を洗う
サンフランシスコは犬の多い街だ。同時に、この街で生きていくために、人間はものすごい勢いで働かないと生きていけない。働くために、一日一回、犬の散歩に人を雇う人も多い。行きつけの公園には決まった時間に行けば毎日顔見知りのドッグウォーカーがいる。
今朝は朝九時過ぎに犬を公園に連れて行った。いつもなら犬で溢れている時間帯だ。今朝はサンフランシスコらしい濃い霧が立ちこめていて、自分の犬を連れている飼い主の姿はほとんどなく、二人で十頭も連れているドッグウォーカーだけが犬を放してよいエリアにいた。
顔見知りのドッグウォーカーが連れている犬のうちの一頭はうちの犬の親友だ。数ヶ月前に出会って以来、顔を合わせれば言葉はいらない、延々と二頭で追いかけっこをしている。親友はスラリと長いイタリアングレイハウンドで、おそろしく足が速い。いったん駆け出すとどの犬よりも速く、走ることそのものを楽しんでいることが伝わってくる。
一方、うちの犬は足の短い雑種だ。かけっこがなにより大好きで、犬を見ればかけっこをしようと誘うのだが、犬にはそれぞれ好きな遊び方がある。応えてもらえる確率は三回に一回あればいいほうだ。そんなわけで、かけっこの好きな親友に会えば即座にテンションは上がり、あそぼ、の呼吸で二頭はもう駆け出している、という具合だ。
二頭はひゅん、と音がしそうなほどの速度ですぐ脇を駆け抜けていったかと思うと、もう向こうの藪の向こう側にいる。うちの犬は足が短い。短い足のわりには速いけれども、風のようなイタリアングレイハウンドにはとても追いつけない。代わりに、追いつかれたらゴロリと転がってすぐ立ち上がりながら相手をひっかけ、その隙にまた走りだすという技を持っている。縦横無尽に芝生を駆け回りながらごろごろ転がる犬。微笑ましく眺めていたものの、家に帰った瞬間、玄関にぽた、ぽた、と泥水が垂れた。お風呂に直行コースである。
そういうわけで、散歩のあとに犬を洗った。犬はシャワー自体は対して嫌いでも好きでもないようだが、丁寧に洗っていると早々に飽きてしまうらしい。泥だらけのお腹を流している間に情けない音を立て、早く出せと抗議しはじめた。
ぬるめのシャワーでシャンプーを流してやると、犬は待ち切れない、というようにぶるぶるっ、と身を振るって水を飛ばそうとする。ビクトリア様式を歴代の住人が改装に改装を重ねた我が家の風呂場は、白い漆喰の壁と板張りの床に突然バスタブが座っている、サンフランシスコではよくあるスタイル。一応きれいになったとはいえ、あまり水滴を壁中に散らして欲しくない。待てまて、と声をかけながらバスタオルを被せ、ごしごしと拭いてやった。犬はされるがままに拭かれたあと、バスタオルを逃れるとすぐにまたぶるぶると身を振るう。人間のタオルドライでは納得がいかないのだろう。
そういえば、小さな頃は父が私と兄弟をお風呂にいれ、こうしてバスタオルで順に拭いてくれていたものだ、と思い出す。我が家は兄弟が多かったので、夕飯のあとお風呂の時間になると、わたしを含めて下の三人を脱がせ、洗い場で頭と体を洗い、湯船につけて最後に服を着せてほかほかのわたしたちを脱衣場から出すまでが父の役割だった。
「シャンプーをつけて髪を洗ったらその十倍は水を流すんよ」
わたしたちを洗うたび、父は口癖のように繰り返した。何度も何度もお湯で頭を流されるので、早々に飽きたわたしたちは「まだー?」「ねえ、まだー?」と繰り返し聞いたものだ。その度に、父は辛抱強く繰り返した。「シャンプーをつけたら、その十倍は水を流すんよ、そうじゃないと、きちんと流れんけえね」
それから、湯船にわたしたちを入れ、三十を大きな声で数えさせている間に父は自分の頭と体を洗う。
「じゅういーち、じゅうに、じゅうさーん、ねえ、まだー?もう出てもいい?」「まだまだ、三十までしっかり数えんさい、そうじゃないとしっかりあったまらんけえ」
今思えば、ゆっくりと数えたところで三十では、合計一分もなかっただろう。自分の体と頭を洗うには短すぎる時間だ。十倍は流せ、と言いながら自分はゆっくり流す時間もたいしてなかったのではないか。湯船につかって数を数えながら、父が大急ぎで頭と体を洗うところを見ていたはずだが、あの頃にはその一分にも満たない時間がとてつもなく長く感じられた。
五十も近づいた頃に会社勤めをやめて独立した父は、今年の初めに急逝する日まで、身を削るようにして働いていたが、決してせかせかしたところを人に見せたことはなかった。早くに実家を離れ、遠くの街の大学に入って、大学院に行ったと思えばアメリカまで出かけ、まだまだ就職しない娘を心配したこともあっただろうが、早く就職しないのか、とか、これからどうするんだ、とか、そういうことを聞いてきたことは一度もなかった。大学院も数年目になって、まだ卒業は遠い、というとき、ようやく自分のやってる研究がわかった気がする、と言ったわたしに、そうか、と父は言って続けた。十年こつこつやったら形になるものだから、しっかりやったらええよ、十年ちゃんとやったら、誰かが見てくれるけえね。お父さんも、十年やったらいろんな人が声かけてくれるようになってね。楽しくなってきたんよ。
そのとき父はもう六十を少し越した歳だったはずだ。大学院での研究は好きだったものの、なかなか思うように成果が出ず焦っていたわたしに、五十を前にして新しい仕事を一から始め、十年経ってようやく楽しくなってきたという父の言葉は、実際に十年やって形になってきたという確かな手触りのする喜びを手渡してくれたような、柔らかい記憶としてわたしに残った。
湯船につかって、ねえ、まだ?と繰り返し聞いていた頃のわたしは、とてもせっかちな子どもだった。大学院でじりじりとしていたわたしも、まだまだ焦っていた。いま、泥だらけになった犬をシャワーでわしわしと洗ってやるわたしも、まだまだ焦りが抜けない。シャワーをとめたら、すぐにバスタオルを犬に被せてやらないと、犬はねえ、まだ?とばかりに身をふるわせて風呂場の壁を水滴だらけにしてしまう。
湯船で子どもの数えるにじゅうごー、にじゅうろくー、を聞きながら、父は内心焦っていただろうか。それとも、いつものように、さんじゅうー!と叫びながら湯船を我先に出ようとする子どもたちに、はい、もう三十と言いわたした父の口調通りに、ゆったりとした気持ちで毎日を過ごしていたのだろうか。今となっては聞くこともできなくなってしまったが、十倍流せ、といいながら、父の頭にはもしかしたら、流し残したシャンプーが、かすかに香っていたかもしれないと想像して、私はすこし笑顔になる。
