見出し画像

ノートが欲しくなるときは。

まっさらなノートが好き。

特に方眼のノートが好きだ。

方眼の細かな目が、書くことに心地よい制約を与えてくれる。だから好きなのだ。

新しいことを始めたいとき。
頭の中を整理したいとき。
ストーリーを組み立てたいとき。

そんなとき、私は決まって新しいノートが欲しくなる。

気持ちやアイデアを書くノートは、
思いついたらいつでも書き留められるように、持ち歩きしやすいA5サイズを。

新しい物語を書くときは、全体を俯瞰して見たいから、少し大きめのA4サイズを選ぶ。

見開きいっぱいに時間軸と登場人物の変化を書き込んでいくと、頭の中にあった世界が少しずつ形になっていく。


その時間が、たまらなく好きだ。

まだ、書きかけのノートが、うちにはたくさんある。

最後まで使い切ったものより、途中で止まっているもののほうが正直、多いかもしれない。

それでも、また新しいノートが欲しくなってしまう。


そんなときは決まって、私は考えすぎている。


頭の中で最適解を探し、解決しない悩みを追いかけて、まだ起きてもいない未来を想像して、
同じところをぐるぐる回っている。


そんな考えすぎる癖のある私にとって、まっさらなノートは特別な存在なのだ。


だって。

ノートの上には、いつだって自由が広がっているから。

文字を書いてもいい。
絵を描いてもいい。
写真を貼ってもいい。
思いついたことを、そのまま並べてもいい。
線でつないで、新しいアイデアを生み出してもいい。

誰かの正解なんていらない。
白いページには、「何を書いてもいい」という圧倒的な自由が存在してる。

ノートは私にとって、
時に親友で、
時に恩師で、
時に相棒で、
時に癒やしなのだ。

そんなノートの何より好きなところは、何も言わないってところ。

うれしかった日も、
悔しかった日も、
情けなくて泣きたくなった日も、
頭の中がごちゃごちゃになった日も。

ノートは否定もしない。
励ましもしない。
アドバイスもしない。

ただ、そこにある。

だから私は安心して、本音を書き、物語を紡ぐことができる。

書いているうちに、自分の中にあった答えに気がつく。それだけで、嘘みたいに前へすすめたりする。

それに、ノートはいつだって見返せる。

ページをめくれば、考え中だった物語の中にかえれるし、悩んでいたあの頃の自分に会えたりする。

「あの頃は、こんなことで悩んでいたんだ。」
「このときの思いつきが、今につながっているんだ。」

閉じればノートの中の時間は止まり、
開けば、いつでも好きな時間へ戻れる。

未来のことを書いたりして、まだ来ていない時間を生きることだってできる。

いろいろな妄想を膨らませて、ノートの世界に入り込んでいると、あっという間に時間は過ぎてしまう。夢中になっている時間ほど、あとから振り返ると、ちゃんと今につながっていたりする。

そういえば、家を建てる時も新しいノートを買ったっけ。

少し高かったけど、繊細な書き心地と想像力を掻き立てる高級感のあるマットな色の表紙にすごく惹かれた。お気に入りの一冊。

雑誌やネットで素敵な家の写真を見つけては、それを切り抜いて、貼ったりして。

そうそう。開いて1ページ目には、こんな家に住みたいなって、理想の条件を書いたんだった。

海を遠望するお家。
富士山見えたら最高。
心地いい距離感を保てる家。
空がキレイに見える大きな窓がある。
子供たちの学校が徒歩圏内…。

好き勝手に書いた、こうだったらいいな!が、今思えば、ほとんど叶ってるから不思議。

ノートを開いた時のこの感覚って、小説や映画の世界に入り込む感覚と少し似てる。

別の世界に入って、今を忘れて、また戻る。

だけど、戻った先は、同じようで同じじゃない。
いろんな感情を持ち帰って、新しい自分にバージョンアップしてるから。

まっさらなページを前にした私は、ちょっとの時間、無敵になった映画の主人公みたいに、ノートの世界で、自由自在に飛び回って踊ってる。


そんな感覚がする。


だから、新しいノートを買うのはやめられない。

考えすぎる癖は、たぶんこれからもなくならないし、でも、それでいい。

頭の中だけで抱え込まず、
ノートの上に出してしまえばいい。
一文字書けば、一文字分だけ前に進める。
一ページ書けば、一ページ分だけ景色が変わる。


ノートが欲しくなるときは、

私が前に進むとき。
新しい景色に目を向けるとき。
人生が豊かになるとき。

そうに決まってる。


さて、次はどんなノートを買おうかな。

どこのお店に行こうかな。


明日は早起きして。

私は、新しいノートを買いに行く。

#創作大賞2026 #エッセイ部門

いいなと思ったら応援しよう!