青春漫画抄(昭和)⑮

*《 桑田次郎の職場にて 》
佐藤プロダクションを辞めて、
桑田先生に呼ばれて手伝った当初の私の立場は「助っ人」であり、
正式に採用された訳ではなかったものの・・・
私の謎の自信は揺るがなかった。
初めて桑田次郎の生原稿を前にし、緊張感で身を硬くしたまま
与えられた仕事を夢の中の出来事のように進めていたが・・・
無事に仕事を終えて与えられた報酬に驚愕した。
月給900円だった私に・・・
一晩の徹夜報酬が何と「1万円」だったのである?!
夢の出来事であった。
*《 佐藤プロ時代・外伝 》
佐藤プロに入って2ヶ月くらいの頃、
吾妻の情報が入り様子を見に行った事がある。
借りたばかり殺風景なアパートの一室に吾妻がいて・・・
職場を夜逃げしてきたのだという。
持ち出した所持品は林檎箱程度のダンボールがひとつだけ。
中にはガラクタとおぼしき物体が数点のみ・・・布団さえなかった。
これから先の長い人生で
彼はどう生きていくのだろうか?と思った。
当然、彼にはお金がなかった。
なにせ50年も前のこと、詳細は忘れたが
その時の流れで「和紀ちゃん」と再会するのであるが・・・
逢瀬は吾妻の「金の無心」の為であった。
当時、すでにプロデビューしていた「大和和紀」の住所は知っていたし
比較的に近所の街だったこともあり・・・
吾妻と一緒に、無謀で無神経にも夜の時間帯に訪ねたのである。
当時、彼女と忠津陽子は同じアパートの隣同士であり、
ナイトキャップ姿の彼女は不信感のまま、身を守るように・・・
忠津さんと一緒にドアの外に出てくれたのだが・・・
やはり「金の無心」は断られた。当然である。
つくづく私と大和さんとのタイミングは最悪のままであった。
私の人生において「和紀ちゃん」と逢えたのは
この時を合わせて全・三回のみである。
やはり「金の切れ目は縁の切れ目」だったのだろうか?
( ↑ 違うと思う! 笑)
*《 トキワ荘のように 》
私が佐藤プロを離れる前・・・
示し合わせたように北海道の仲間達が上京してきた。
流れは忘れたが、
みんなでトキワ荘のように一緒にアパートを借りよう!・・・的な
流れとなり、実行された。
西武新宿線、都立家政のアパートが決まった。
一軒家的、小さい物件だったが輝いて見えた☆
すでに住まいが決まっていた菊池、川端、和平を除き、
吾妻、伊藤、そして私が、それぞれに・・・
そのアパートの一室を確保したのであった。
3畳一室。家賃、5000円。
そこでのエピソードは多々あるが、あまりにコア過ぎて
割愛しようと思う。(←怪しい・・・笑)
*その時代の割愛には偲びないエピソードをひとつ・・・
(つづく)
