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息子と父のヘアカット 身の程を求めて

子供の髪型というのは、その成長の歴史そのものである。

息子の髪は、幼少期から当然のごとく私が切っていた。愛用していたのは「すきばさみ」だ。
すきばさみの良いところは、素人が適当にザクザクやっても、切った境界線がはっきりしないので誤魔化しが利く点にある。

「これで一体、何歳まで粘れるだろうか……」

そんな私の密かな挑戦は、小学校5年生のある日、突然の終わりを迎えた。
息子が自ら「床屋に行きたい」と言い出したのだ。

理由を聞くと、学校の友達に
「お前、なんか髪型変じゃない?」
とツッコまれたらしい。

バレてしまったか。我ながらよくぞ小5まで粘ったものだと自分を褒めつつ、ついにプロの手を借りることにした。

とはいえ、まだまだ子供である。
「さあ、ここが床屋だよ!」と連れて行ったのは、当時まだ「カット1,000円」の看板を掲げていた格安カット専門店だった。
息子もしばらくは、その手際の良いスピードカットに満足していたのだが――。

中学時代:価格3倍のランクアップ
中学生になると、息子の観察眼が鋭くなってきた。
ある日、一緒についてきたはずの私が、自分の髪を切らずに見ているだけであることに疑問を抱いたらしい。

「お父さんはどこで切ってるの?」

私が普段、普通の(1,000円ではない)床屋に通っていることがついにバレてしまった。
「ずるい、俺もそこへ連れて行って!」という流れになるのは自明の理である。

値段がおよそ3倍も違うので心の中では大いに困ったが、これも成長の証かと腹を括って連れて行った。
そこは私の行きつけだけあって、息子は熱烈な歓迎とおもてなしを受け、2代目の若旦那が施す最新の技術にすっかりご満悦の様子だった。

コロナ禍:ふたりで迎えた髪型のディストピア
そんな贅沢を覚え始めた頃、時代はコロナ禍へと突入する。
外出自粛の波が押し寄せ、床屋へ行くのすら憚られる状況になった。

ここでまさかの「お父さんカット」の時代が強制的に逆戻りしてくる。
再びすきばさみを握りしめた私だったが、今回は一方通行では終わらなかった。そう、私も床屋には行けないのだ。すると、

「俺がお父さんの髪を切ってあげるよ、ていうか切りたいわ」

と、不敵な笑みを浮かべる息子。

一抹の不安を覚えたが、どうせ誰とも会わないし、まあいいか……
とお互いに髪を切り合った結果、我が家には「めちゃくちゃな髪型になった男ふたり」が爆誕した。あのディストピアのような数ヶ月は、今となってはいい思い出である。

高校・大学時代:身の程を知る父と、京都のパーマ
やがてコロナが明け、高校生になった息子はすっかりお洒落に目覚めていた。今度は
「美容院へ行きたい」
と言い出す。

さらに跳ね上がる散髪代に、私は苦渋の決断として「3ヶ月に1回だけだぞ」という条件付きでOKを出した。

しかし、毎回K-POPアイドルのようにかっこよくなって帰ってくる息子の姿を見ているうちに、何をトチ狂ったか、私の中に「あこがれ」が芽生えてしまったのだ。
「よし、私もその美容院とやらに行ってみよう」
と。

結果は火を見るより明らかだった。元が良くないおじさんの髪型が、若者向けの美容院で多少変わったところで、何も変化は起きない。いや、むしろ、キモい。
世の厳しさを知った私は、たった1回で美容院に行くのをやめた。

そして、1,500円に値上がりした、かつて息子が通った格安カットの店へと今度は私だけが静かに戻っていった。身の程を知った私には、そこが一番落ち着く聖域だった。

現在、息子は大学生になり、京都でこれまた小洒落た美容院に通っているらしい。

先日送られてきた写真には、大学生あるあるの、客観的に見ればどう見ても変なパーマをあてて、大満足そうに微笑む息子の姿があった。

あの4歳の頃、スキー場で
「お母さんは美容院」
と言い放った息子が、今や自分が一番美容院を楽しんでいる。

まぁいいさ。いつか就職活動の時期が来れば、嫌でもまともな髪型に戻るのだろう。それまでは、そのおかしなパーマを存分に謳歌してほしいと思う。

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