学校は勉強をつまらなくする。
学びとは何か。
学校ではここが問われることなく学習が進む。
ただ、こうして不登校になって、学校そのものに疑問を抱いたり。
フリースクールで学校以外での学びの形を見ると、どうやら学びというのは「覚えること」ではなさそうだ。
私は将来、フリースクール・または探求学習塾を作ろうと思っている。
ただ、作るためには「学びとは何かについて考える」ことは必要不可欠だなと感じてるので、この機会に学びについて思索してみることにする。
まず、学びと言えばで浮かんでくるのは勉強だろう。
学んでいるってどういうこと?って聞いたら大抵「勉強してることなんじゃない?」と返ってくるだろう。
また、家でゲームしてると「勉強しなさい!」って怒られた経験は誰にでもあるだろう。
となると、学校の勉強は学びであると親は思っていて、ゲームは学びではないと思っているわけだ。
これが成長する環境なのだから、ほとんどの人はこれに対して疑問は抱かないだろう。
ただ、ゲーム、例えばみんなイメージしやすいものでスマブラでやってみよう。スマブラを始めた時は何が何だかわからないが、とりあえずやってみて攻撃して撃墜する。
ただ、CPレベルとか、元々やってた友達、オンライン対戦ではまだまだ勝てない。だから勝つためにはどうしたらいいか?を試行錯誤する。
勝つための方法には立ち回りであったり、コンボであったり色々ある。
コンボを例として考えてみると、勝ちたいという思いがあって、そのためにインターネットや攻略本等でコンボのやり方を見つけて練習する。そしてそれを何度も反復することで覚える。
これを単純化すると
気になることを調べて、知って、練習して、覚える。
おぉ。
めちゃくちゃ学びっぽいね。
「探求的な学び」とはこれのことを指すのではないかってくらいに学びっぽい。なんというかめっちゃ自由研究っぽい。
自分の好きなことを原動力に、それを調べて、知って。そしてそれをまとめて「自由研究まとめ」を作る中で調べたことを理解し、何度も使う中で覚える。
学びそのものだ。
なんなら学校の勉強では「調べて」が行われない。
しかも自己内発的ではない分、学びとしては「ゲーム」の方が優れているとすらいえる。
つまり、「ゲームばっかしてないで勉強しなさい!」っていう親や先生は、ゲームを勉強と許容できてないだけなのかもしれない。
でも学校ではスイッチ持ってきたら怒られるし、
家でもゲームばっかしてたら怒られるし。
そんで持って大抵いうのが「勉強しなさい!」
いやいやちょいまちと。
ただただ先生の話聞いて、覚えるだけの勉強、
つまり思考停止で詰め込むだけよりよっぽど勉強してるジャン。
ただ、それが受け入れられないのが社会なわけで。
勉強すればするほどテストの点数は上がるし、いい高校、大学に行ける。
いい大学に行ければ年収の高い職業に就くことができる。
というのは実際の論文でも証明された。
ここで行った収益率と偏差値との分析結果から、両者は互いに正の相関関係にあり偏差値が高い大学・学部ほど収益率が高くなるということがわかった。
先生も、親もそうやっていうのは、「学校のテストの点数を高めるという目的のもとの勉強」を良いものとしているからだろう。
つまり今学びとされているのは、勉強であり、
もっというと、学校のテストの点数になる勉強であり、
もっともっというと、できるだけ社会一般的に良いとされた人生になれるための勉強と言える。
だから学校では勉強以外の学びを学びと認めない。
落書きしてたらば怒られるし、他のこと学んでたら怒られるし。
授業中に本読んでても怒られる。
そもそも、人間を一次元的な評価で見ることはナンセンスなんだが、その話はまた今度しよう。
そんな勉強が良いとされる学校の中で、もう7歳とか小さい小さい時からずっと毎日6時間、12年間学校行かされてる。
そしてこの教育を親も、先生も受けてきているから当たり前だと感じてる。
つまり、もはや世代を超えた社会レベルで
学び=テストのための勉強
という共通認識が生まれ、その前提で勉強量を見ている。
つまり、私が言いたいのは、学校が学びを規格化したのではないかということだ。
だから、いつしか自分の好きがなくなり、
好奇心のままに学ぶ
ってことが少なくなっていくのはこのせいなのではと思っている。
だって小さい頃よりもいまの方が随分と知識はあるはずだからそれを得る過程でいくらでも「なんで?」が出てくるはずだし、それを使ってそれを解くこともできる。
ただ、それを勉強と認めず、そんなことしてる暇あるなら勉強しなさい!と言われてきたもんだから、次第にやらなくなって、勉強がつまんなくなっていく。
学校が勉強をつまらなくしているのかもしれない。
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