小さな発明家が"子ども"を教えてくれた話。
今日、小さな発明家を見つけた。
山の麓の、湧水の川のそばにある公園で友達とフリスビーで遊んでいた。
すると小さな4〜5歳くらいの男の子が駆け寄ってきて間に入り、フリスビーを投げた。こんな小さな子もフリスビーをしっかり投げるものだから感心してしまい、一緒に遊んでみようと思いたった。
だが不思議なことに、彼はたとえ友達の方がずっと近くとも、フリスビーを持ってくると一心に私の方にやってくる。
そして私に渡す——のではなく、私をなんとか振り切って私の後ろへとフリスビーを投げ、キャッキャと喜ぶ。
最初は私を揶揄って遊んでいるのかなと微笑ましくみていたが、私が取れないことを揶揄うだけなら、後ろへ行ったら取られないようにすぐに投げればいいはずだ。
なのに、とっくに私の後ろへ行ったとて、少し走ってから投げていることに気づいた。
不思議に思ってよくよくみてみると、私の後ろには、山の麓の公園なので小さな切り株が一直線に3つ並んでいたのだ。
そうか!
きっと小さな彼は、この3つの切り株を「線」とみなし、これを超えたらゴールと捉える、いわば「フリスビー版ラグビー」をしていたのだ!
確かめてみると、確かに、私を追い抜いたとはいえその場で投げても切り株を超えない時に走ってから投げている。「あそこがゴールなの?」と聞いてみると「うん!」と快く答えてくれた。「ラグビーをしているの?」と聞くとわからないと顔に浮かべていた。
つまり彼はフリスビーでのラグビーを発明した小さな発明家だったのだ!
となると私にもゴールはあるはずだ。
ここで「いやいや子供はそこまで考えてないだろう」と多くの大人は思いそうなものだが、なんたって彼はラグビーを0から発明した天才だ。思い切って聞いてみた。
すると友達の斜め前にある小さな木が私のゴールだと判明した。その条にフリスビーを引っ掛けたら私のゴールだそうだ。(引っかかっても手の届く高さだった。ここまで彼が考えていたかはわからないが)
これは素晴らしい。
是非とも彼のスポーツをしてみようじゃないか。
私は彼がどんな発明をするか気になって、ポイポイ低木に被せてゴールする身長差の理不尽を与えてみることにした。
やはり不満を持った彼がこう言ってきた。
「ここから投げて!」
3メートルほど離れたところから投げるように指示してきたのだ。
これはまたいいバランスで、なげたとて枝に引っかからずに落ちてしまうことがしばしば起こるようになり、何回も投げるが時々落ちる私と、時々投げるが何時でも入る彼の対決になった。
友達は高いところに行ってしまった時に取り、運動不足の私と選手交代するようになった。
やはりフィジカルさはあるので、時々、彼を倒しそうになる。そこで友達が「転けちゃったらその場で投げたら?」というファウルを提案した。
かくして、基本がラグビー、使うのはフリスビー、私はバスケ、ファウルはサッカーの年齢差があれど楽しめるユニバーサルデザインスポーツが完成した。
家に帰ってこうして書いているとやはり、子供は天才だなと思う。
自分の楽しいという欲求に忠実で、そのための工夫を怠らない。何か課題が出たとしても終了ではなく改良を施す。
彼と遊びあった後、彼の母がやってきて、少し話したが、全くもって彼の天才具合には気づいていないようだった。「遊んでくれてありがとう」と言ってくれたが、私は彼に感心してばかりでむしろ「ありがとう」というべきだ。
子供を見ればやはり、自ら動きだし、遊びだし、決める力を持ってると思い知らされる。
考えてみれば彼の母のようになっている人がほとんどなのではないか。彼の母を責めたいわけではない。むしろ、私も最初はそうだったので「普通」の中の一人でしかない。
子供と関わる時には「子どもだから」というフィルターは時として偏見へと繋がる。もちろん、子どもを守るためにその視点が必要な時もあろう。だが、常時フィルターをつけていれば、子供を観察しなくなってしまう。
むしろ、子供は天才だと思った方がずっといい。
なぜなら、
この子はどんな天才か?
無駄に見える行動にはどんな考えが潜んでいるのか?
そんな目で観察できるからだ。
そこでその子の天才の領域を見つけられれば、今回のように対応ができる。
天才の領域が見つからないといって、普通の環境に落とし込み、普通だというレッテルを貼り、個性がないと嘆くことのなんと皮肉なことか。
子供は誰しもが天才である。
ただ天才を見抜けるかどうかは私たち次第だ。
これを読んだ人。
「天才を見つけて欲しかったな」と嘆くことはあまりにも意味がない。
子供が天才を見つけてもらう必要があるのは、周りの環境を自分で用意できないからだ。
ある程度自立しているなら自分で天才を見つけ、それにあった環境を用意できる。だから、嘆くよりも自分を見つめてみてほしい。
また、これから会う子供の天才を見つけてあげてほしい。
子供は自ら学び、自ら決め、自ら動き、自ら変わる力を持っている。
このことを胸に刻んでおくべきだと小さな発明家が教えてくれた。
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