500回書いて分かった、AIと人間の書くnoteの違い。
ぶっちゃけ、AIで書いた記事と自分で書いた記事、何が違うの?
noteを読んでると明らからにAIで生成された記事が流れてくるたびに、毎回そう思う。私は基本AIじゃなくて手書きなんだけど(タイピングだけどね)、AIにも触ってる。今、私のクローンを作れないかと、これまでの風山ふみの記事全部読み込ませたカスタムgemを作って見ている。
そいつには記事を書かせることはないけど、結構私に近い答えを出してくれて、自己を客観的に見れる。
試しに書かせて見たら結構私と似ててさ。
多分、私以外に胃は気付けないレベル。
それでも500記事、noteを書いてきた私が、自分でnoteを書く意味について考えてみようと思う。
不完全さによる人間らしさ
まずね。受け取る側の話。
圧倒的にあるのは「不完全さによる人間らしさ」がAIにはないってこと。
AIは基本街がねあい。
だから、タイプミスとかがない。↑は間違えないが街がねあいになってる。
こういうミスががまじでない。し、文章の癖と言ったらいいかがほとんどないただ「読みやすいだけ、わかりやすいだけ」の文章を書く。
だけど、いい情報はnoteに蔓延してるし、youtubeでもインスタでもどこでもあるじゃん。つまり情報の価値はほとんど飽和してると思う。
そんな情報社会において、私たちがなぜnoteを読むのか?
それは文章から感じる人間の温かみ、つまりは「エモ」だと思う。
これがまず人間がかくよさの一つ。
不完全さから感じる人間の温かみ。
その暖を取るために私たちはnoteのエッセイを読む。
この人間臭さ、言っちまえば鈍臭さはAIには出せない。出させようたって一辺倒うになるし、日々の日常から感じたエッセイなんて持ってのほかよ。
書いている自分自身の成長
自分の成長
というと意識高い系に聞こえるかもしれない。
だけど、noteを書く大きな理由が自己成長だと思う。
アウトプットには大きく分けて二つあると思う。
1.情報を他人へ与えるため
2.自分の思考や、思考の整理のため
情報を他人へ与えるため
ってのが主流だと思うんだけど、それはすでに何かを持っている人ができることなんだよ。私、プロフにも書いてる通り語れる人生ないんよ。
だから、私は自己成長の意味でしかほとんど描いてない。
もちろん、キーボードショートカットとかはめっちゃ有用だったから、目的は情報を他人へ与えるためなんだけど、こういうのは少数派。
誰かに情報を与える
ってのは
与える情報持ってるやつがやること。
私はnoteを書きながら考える、必殺「ライブシンキング(勝手に命名)」をしてるので、書いているうちに自分でも考えたことのない、いわば「思考の人生未到地」に至っていることがある。
書くためには何かを考えなきゃならない。
そうして無理やり考えさせることができるし、ダラダラと悩んでること、もやってることを文章に起こすと、思考がなんか知らんが整理されていく。
これは文章に「前後」があるからだと思ってる。
↑の文章がないとこの行の文章は書けないでしょ?となると、前後があるという説明が今書いていることって因果関係的なのが整理されてる。
「となると」「つまり」「また」「やはり」「一方」
とかの接続詞はその骨頂だ。
だから、
・思考を無理やり進めさせるため
・思考をなんとなく整理させるため
の二つの点において、自分の成長に役立つ。
何にも語れることがない
だからこそnoteを書いて考えれるんだ。
てなわけで「AIと人間書くnote、どう違うん?」の500記事書いてたどり着いた答えはエモさと自己成長の二つだ。
みんなnote書こうぜ。
もうずっと門戸開けて、
なんなら門戸ぶっ壊してなくしとくからさ。
まじでnoteは意識高い系じゃない。
意識高い系のやつは、むしろやめたほうがいいかもしれない。
だって、「完璧」目指すでしょ?
私はんなもん目指してないし、
意識高くない私を見てもらいたいからnoteやってるんだしさ。
noteでもなんでもいいから、なんか吐き出すってのはやってほうがいいと思う。ずっとSNSで情報注入+現実では黙り込んでるだから。
吐き出さないと情報と不満とモヤモヤの海で溺死するぞ。
気が向いたら…ね?
ぜひぜひ書いて見てほしい。
かくきなくても上のnote読めば「書いてやってもいいかも?」くらいにはなるから。多分。保証はしないけど。
「なるほどなぁ」「いいなぁ」と思ってくれたらスキしてくれると私のモチベになります。フォローなんかしてくれたらぶっ飛びます。
あ、フォローしてくれた分はしっかり還元していくので、ご安心を。(もらってばっかは性に合わないしむしろさせてくれ)
ゆる〜いnoteを広げたいものです。
以上、風山ふみでした。
ではまた。
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