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読書ができない、続かない?全部、"コレ"のせい。

全くわからん。


現在、夏休みに19冊読書しているんだけど、
ちょっとね。

今日の本が、ボスすぎる。

そう。今日読むのは
「論語と算盤」なのだ。

朝、手をつけてみたけどやばい。
なんか、わからん。

すらすら読めない。
昔の本独特の、漢字の量と表現があって、それをいちいち脳内翻訳しなきゃならないから、だと思う。

昨日は「知的生活の方法」を読んだのだが、これも少し古い本だった。

けど、こっちの方が断然難しい。

でも内容はその分濃い。(と言うのを感じてる)
だから、こそ解読には時間がかかる。


でも、そのおかげで気づいたことがある。
どうやら、読書戦闘力ってのがあって、

なかなか読めないのも、
読書を続けられないのも、
こいつのせいっぽいんだ。


読書戦闘力とは?

読書しているときに、
同じ内容であっても、読みやすい本、読みにくい本がある。

特に、参考書とかみていると、それが顕著。

この読みにくさを、本の体力だとした場合。

読書戦闘力は、自身の読書するときに使える脳力。

カードゲームだと、
遊戯王とかやってる人ならわかるやすいと思うけど、
戦闘力>体力なら、
体力を全部削り切れるので、
相手のカードを倒せる。

同じように、

読書でも

読書戦闘力>本の体力=読める。

読書戦闘力=本の体力=難しい(けど読める。)

読書戦闘力<本の体力=読めない。

と言うふうになるんじゃないだろうか。


そして、
読書戦闘力は読書攻撃力読書持久力に分けられると思う。


読書攻撃力

読書攻撃力とは、
その本に出てくる内容の知識量のこと。


簡単に言えば、バラバラにした時にわかるかってこと。

単語とか、
文節とかで区切った時、
それぞれの意味がわかるか。

とか文章の意味がわかるのかとか。


新しい分野に挑戦するときに、読書が難しいのはこれだ。

読書攻撃力がまた一からになる。

知らない知識ばっかりだから、
これってなんだっけ?ってずぅーと考えながら読む。

そりゃ読みにくいいわ。

だって読みながら考え続けて、
考え続けてる間に新しい単語が出てくるんだから。


だけど、この読書攻撃力は高められる。

聞いた話だと、
知識が豊富でいろんな分野に秀でている人は、
新しい分野に入る時には、入門書さらには児童書から入るそうだ。

入門書や児童書は、
読書攻撃力が0の人を前提にしてるよね。

だから、読めない がない。

そして、0から積み上げた知識をもとに、
児童書→入門書→解説書→専門書
と少しずつランクアップしていけば、読むことができる。

その時には読書攻撃力が上がってる。


そのためには、自身の読書攻撃力を見誤らないこと。

よく、博士号とか大学院卒の人、普通の大人でも、
「俺には児童書なんて合わん!専門書からでいい!」
となんて無駄なプライドのせいで、
全く手がつけられてない
なんてことをよく見る。

知的正直、なんていうが、
知っている気になっている
と言うのが一番危うい。

なぜなら、
知っている気になっているとは、実際は知らないのに、それ以上知れない。
と言う沼みたいな状態だからだ。

そして、知っている気になっている状態は、
自身の読書攻撃力を過剰にみてる。

他分野に行ったら、そりゃあ0からなんだし、0を想定した方がいい。

つまり赤ちゃんだ。

極論、赤ちゃんが読む本から読み始めてみるべきだと思う。


本が読めない、
読書が続かないと言うのは、この読書攻撃力を見誤ることで起きる。

続かないってのは
難しすぎて無理だと諦めている状態だから、
児童書から入れば問題ないはずだ。

でも、ムダなプライドのせいで、
大人の買うようなウンタラカンタラを買う。

せめて「14歳からの〜」「親子で学ぶ〜」にしておこう。



もちろん例外もある。

レオナルドダヴィンチのような
多分野に秀ですぎているど天才なら、
それ以外の知識から推測できる。

だから、知らないことも実質的に知っている状態になる。

ただ、レオナルドダヴィンチの生まれ変わりです!って方以外は、そんなことはないから、一から読もう。



今日は読書攻撃力までにしときます
疲れました。

もう1500文字です。
朝ごはん前に書き始めたの意味わかりません。

全部書くと3000文字行きます。
疲れますよね。

てなわけでパート制です。


一日寝たぶん、しっかり書けます。

明日は読書維持力です。


以上風山ふみでした。
ではまた。

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ふみ|元不登校高校生の奮闘記 もしよければ15歳にお小遣いをあげてやってください。 いただいたお小遣いは挑戦と本に使います。

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