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醤油ラーメンの香りが、子供の頃の自分を連れてきた

満員電車は、いつ見ても同じ景色が広がっている。

周りを見渡せば、イヤホンをつけてスマホの画面を貪るように眺めている人ばかり。ただただ窓の外をぼーっと眺めている人もいれば、手すりに両手でぶら下がりながら寝ている人もいる。たまに「体調の悪いお客様の救護活動」のアナウンスが流れるが、自分の身を滅ぼしてまで電車に乗る理由って何だろうと、いつも疑問に思う。

扉が開けば、同じような服装の人達が改札へ向かって流れていく。誰一人周りを見ずに、立ち止まらずに同じ方向へ歩いていく。まるで誰かに糸で操られているように、無心で歩いている。みんな、暗い顔をしている。

嫌なら帰ればいいのに。変なの。でも、その集団の一部に自分が含まれていることは、なるべく考えないようにしていた。

〜〜

帰り道のコンビニで買った缶ビールとカップ麺をテーブルに置く。今年で30歳になったから栄養バランスを考えて自炊するようにしていたけど、今日ぐらいはいいだろう。子供の頃は健康だとか栄養だとか一切気にしていなかったから気楽だった。好き嫌いが激しくて、よく怒られていたっけ?

沸かしたお湯をカップ麺に注ぎ、キッチンタイマーで3分測る。その間に缶ビールのプルタブに指をかけて開ける。ヌルい。冷蔵室に棚入れしたばかりだったのかもしれない。そのせいで苦味がいつもより口いっぱいに広がった気がした。

昔の僕は、純粋で真っ直ぐな男の子だったと聞く。幼稚園の頃、親戚からもらったランドセルを背負ってリビングを走り回ったかと思ったら、家にあったキーボードピアノをバンバン叩いて「ピアノを弾く人になりたい!」「歌手になるんだ!」と言い出したり、家族旅行で水族館に行って以来「飼育員になるんだ!」と鼻息荒く語っていた時期もあった。

でも30歳になった今はどうだろうか。本当にやりたいことなのかわからない仕事のために、車輪のついた鉄の箱に乗り込む毎日。

一体いつからだろう。
人目を気にして無難な選択ばかり選ぶようになったのは。

一体いつからだろう。
理不尽なことにも笑顔で対応するようになったのは。

一体いつからだろう。
夢ではなく無難を選ぶ大人になってしまったのは。

気づけば僕も“出る杭”にならないように、周りが言う“普通”に従うようになっていた。これが、大人になるということなのだろうか。

「ピピピっ!ピピピっ!」

タイマーの音で我に返る。あっという間に3分が経過した。

カップ麺の蓋を開ける。中から醤油の香ばしい香りが湯気とともに立ち上がった。いい匂いだ。なんの変哲もない、ただの醤油味のカップ麺。だけどふと、この香りから小さな島で出会った1人の青年を思い出したのだ。

〜〜

1年前の7月。

彼と出会ったのは、鹿児島最南端にある与論島。2時間もあれば自転車で一周できる小さな島である。そこに旅行で訪れていた僕は、泊まっていた宿のオーナーから「小さな島のラーメン屋さん」の話を聞いた。

ラーメン屋といっても、注文したらクレープが出てきそうなこじんまりしたキッチンカーだった。手前にはメニュー看板が立てかかっており、「醤油ラーメン、ミニチャーシュー丼、ドリンク、追加トッピング」と書かれている。中には1人、タオルを額に巻いた肌ツヤの良い兄ちゃんがいる。20代前半くらいだろうか。そう、小さな島で出会った青年とは、このラーメン屋の店主のことである。

「いらっしゃいませ!ご注文は?」

と受付窓から顔を出して、笑顔で出迎えてくれた。とりあえずメインメニューであろう「醤油ラーメン」を頼むと、近くにあるイートインスペースへ案内された。

そこはオーシャンビューの半屋外スペースで、天井や柱、梁は打ちっぱなしのコンクリートで構成されており、白いプラスチック製の椅子と4人席用の机がいくつか置いてある。その先に映る景色は与論島でも有名な「百合が浜」が一望できる場所。透き通る海の上に真っ白な砂浜だけの孤島が浮かんでいるように見えた。絶景である。

そんな景色をボーッと眺めていると、ラーメンが運ばれてきた。醤油ベースのスープに入った麺の上には煮卵、メンマ、チャーシュー、ネギが盛られている。風が吹くと、潮風と醤油の香りが混じった。食欲をそそる、いい香りだ。ラーメンをすする。美味しい。東京にも美味しいラーメン屋はたくさんあるけど、旅行フィルターがかかっていたからか、今でも忘れられないほど格別に美味しかった。

「どちらから来たんですか?」

スープまで飲み干して、空になった器を返す僕にこう話しかけてくれた。

東京からですと答えると、なんと店主は去年埼玉から移住してきたのだとか。聞けば地元でもラーメン屋で働いていたのだが、元々与論島に住んでいたお兄さんから誘われて、二つ返事で越してきたとのこと。

「トンボがたくさん飛んでいるときは、近々台風がくる予兆なんですよ」という話から「実は海より山派なんですよね」という衝撃カミングアウトまで、たわいのない話で盛り上がった。でもずっと気になっていたことを聞いてみた。

「怖くなかったですか?移住するの」

僕が持っていない何かを、彼が持っているかもしれない。そんな理由で聞いた気がする。

ほんとは憧れていた。海の近くで暮らすことも、好きな場所で働くことも。でも、今の暮らしを手放すのがとても、怖い。決して不満ばかりではない。それでも、なんで僕はこんなところにいるのだろうとか、自分の存在意義まで考えてしまうのだ。

彼はきっと、何か叶えたい夢があってここに来たのだろう。でないと、その行動力に理由が見つからない。だから聞かずにはいられなかった。

「うーん」

店主は悩んだ顔をしながらも、

「こっちの方が楽しそうだったので!」

そう言って笑った。そのときの彼の目に一切の曇りがなかった。

彼が今までどんな人生を歩んできたかはわからない。もしかしたら壮絶な道を這いつくばってきたのかもしれない。でも、少なくとも彼の目は、幼少期の僕のキラキラした目と同じだった。

「楽しそうだから」という理由だけで飛び込める人と、何年も同じ場所で踏みとどまっている僕。この差は、一体どこで生まれてしまったのだろう。

〜〜

気がつけば、外はすっかり明るくなっていた。どうやらソファで寝落ちしていたらしい。目の前には食べ終わったスープだけのカップ麺と、空の缶ビールがそのまま置いてあった。カップ麺に残っているスープはすっかり冷めていた。

とりあえずシャワーを浴びることに。ぼーっとした頭に冷水をぶちかます。おかげで、だんだんと頭が冴えわたっていった。

そしてまたあの店主との会話を思い出す。

もしかしたら、僕は自分の気持ちを押し殺す経験を積み重ねすぎたのかもしれない。年齢を重ねるごとに「これが普通だ」という認識を刷り込まれ続けた。空気を読む。波風を立てない。無難な選択をする。そんな経験を積み上げてきたのだ。

でも逆に言えば、それもただの経験である。

子供だった僕は“やりたいこと”に素直だった。でも社会に揉まれる経験を得た僕は“空気を読むこと”を覚えた。その違いに特別なことはなく、あるのは積み重ねてきた経験だけだった。

そして、あのラーメン屋の店主も「楽しそうだから」という小さな選択を何度も積み重ねた先に、あの曇りのない笑顔があったのかもしれない。

そう考えると、大人と子供の違いって経験値の差なのでは?と思う。なら、もしまだ間に合うのなら、今からでも子供の頃の自分を取り戻すための経験を積めばいいのでは?と考えた。

やりたい!と思ったことを、とりあえずやってみるのだ。明日、好きな本を読む。やってみたかったことを調べてみる。行きたかった場所に行ってみる。どんな些細なことでもいい。小さなやりたいを毎日重ねていく。

経験とは、心に塗る色でもあるかもしれない。毎日少しずつ「好き」の経験を積み重ねれば、心も少しずつ塗り変わっていく。黒すぎて塗れないなら、タオルでしっかり拭いてあげればいい。社会に身を置いている以上、塗り変わるまで時間はかかると思う。でも、だからこそ、毎日メンテナンスしてあげる。きっとそうすれば、おのずと昔の自分に近づけるかもしれない。

テーブルを片付ける前にすっかり冷めきったカップ麺のスープをもう一度嗅ぐ。醤油の香りの中に、潮風も含まれている気がした。

〜〜

最近、ハマっていること。

それは、金曜日の仕事帰りにカフェで読書をすることだ。

華金といえば、みんなで居酒屋に行って「1週間お疲れ様!」と乾杯する人が多いだろう。かくいう僕も、前までは家で缶ビール片手にYouTubeを眺めていたこともある。

でも、今は違う。その時間を自分を大切にするための時間にしてみたのだ。薄暗い落ち着いたカフェでコーヒーを頼み、本を読む。必要であればメモも取る。たったこれだけの時間だが、不思議と心が満たされるのだ。

あと最近は、やりたいことリストというものを書いてみた。書くまでは億劫だったが、一つでも書いてみると「あっそういえばこれも興味あったな」「あれも楽しそうだな!」と書き出すたびに心が躍り始め、走り出したペンが止まらなくなった。

一通り書き終えた後、ベッドに寝転んで書いたリストを眺めてみる。A4の紙には文字がびっしり書いてある。なんだ、僕にはまだ夢があるみたいだ。

前までの自分なら、「そんなことをして何になる?」と足を止めていたであろう。でも今では「ちょっと面白そう」という理由だけで、動けるようになった。

もちろん、あのときの店主みたいに大胆な行動はできない。でも、それでも、自分のペースで前に進んでいこうと思えるようになった。

仮にもし心が黒く染まってしまい、どうしようもなくなったら、そのときはまたあの醤油ラーメンを食べにいこう。あの香りは、ランドセルを背負って走り回ったあの頃の自分を思い出させてくれるから。

#創作大賞2026 #エッセイ部門


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