自分を変えたのは、1つの作品だった
リンダキューブという魂のゲーム
はじめに──ただの“動物集めゲーム”じゃなかった
「動物を集めるゲーム」と聞くと、可愛くて楽しいイメージを持つ人が多いかもしれない。実際、そんな作品は今では山ほどある。 でも、僕が衝撃を受けたのは、全然そんな雰囲気じゃなかった。
PCエンジンのソフト『リンダキューブ』。 それは、命の尊さと狂気が入り混じった、異様な熱量を持つ作品だった。
ゲームの目的は、崩壊前の惑星で「できるだけ多くの動物を捕まえてつがいで保存する」こと。設定だけ聞けば、シリアスだけど普通のサバイバルっぽい。でも、そのシステムが……とにかくすごかった。
ゲームの仕組みが異常にリアルだった
まず、このゲームには8年というタイムリミットがある。 1年がゲーム内で「1時間」で進む。つまり、1シナリオ8時間で完結する。
その中で、春夏秋冬が繰り返される。季節によって出現する動物が変わり、行動パターンも異なる。しかも、ただ歩いてエンカウントすれば捕まるわけじゃない。
敵を弱らせてから捕まえる
罠を仕掛けて待ち伏せる
時にはオークションで入手する
「動物を集める」という可愛らしい響きとは裏腹に、そこには命を操作する感覚がある。時には捕まえた動物を売ったり、解体してアイテムを取り出すという選択肢すら用意されていた。しかも、限られた時間の中で判断を迫られ続ける。
子どもだった僕は、このゲームを通じて、「命の重み」や「選択の残酷さ」を知った気がする。
初期ポケモンと同時期に、こんな異端があった
リンダキューブが発売されたのは1995年。 実は、初代ポケモン(赤・緑)1996年とほぼ同時期に登場している。
同じく「生き物を集めるゲーム」なのに、その方向性は真逆だった。 ポケモンが“子どもでも楽しめる冒険譚”なら、リンダキューブは“プレイヤーに突きつける皮肉と矛盾の塊”。
だからこそ埋もれたのかもしれない。 でも、僕にとってはその異質さが、深く突き刺さった。
このゲームが、自分を“作る側”に変えた
「こんな作品を、自分もいつか作ってみたい」 リンダキューブを終えた直後、心の中でそう思ったのを今でも覚えてる。
それまで“ゲームは遊ぶもの”だと思ってた。でもこの作品を体験してからは、 「ゲームは何かを伝える手段」だと考えるようになった。
その思いが、専門学校への進学につながり、 さらにはゲーム会社(SCE)への入社へと繋がった。
今では、インディー開発者として個人制作でゲームを作り続けている。
実は、かつて100万本以上売れた某有名タイトルの開発にも関わっていて、エンドロールにもこっそり名前が載っていたりする。“あの監督”に監督されたPSPの傑作で、開発チームの一員として濃密な時間を過ごした。──ゲーム業界で“監督”って呼ばれてる人、実質あの人しかいないんじゃ?ってツッコミは甘んじて受けます(笑)
今では個人でゲームを作ってるけど、あの現場で学んだことは今も活きている。 Steamにもいくつか作品を出しているけれど、原点は間違いなくリンダキューブだ。
たとえば、とにかく遠くを目指すゲーム『More Far Land』や、レイトレーシング技術を使ったミニゲーム集『Simple Ray Tracing Mini Game 10』。 どれも、自分の中の「こういう世界を作りたい」「誰かの心をちょっとだけ揺らしたい」という気持ちから生まれた。
“誰かを変える”ゲームを、自分も作りたい
自分がリンダキューブに出会って人生が変わったように、 今度は自分が誰かの“心に残る1本”を作りたいと思っている。
たとえ売れなくても、レビューが付かなくてもいい。 「そのゲームを通じて、誰かの何かがちょっとでも変わるかもしれない」 その想いだけが、今の原動力だ。
おわりに──“魂のゲーム”に出会ったすべての人へ
あなたにも、ありますか? 人生が変わったゲーム。
それは、誰にでも自慢できるような有名作じゃないかもしれない。けど、自分にとっては絶対に忘れられない。
僕にとってそれが、『リンダキューブ』だった。
このゲームがくれた“何かを作りたい”という衝動が、今も僕を突き動かしている。
そして、願わくば——
今度は僕が、誰かの“魂のゲーム”を作る番だ。
