『「結局ビジュだよね」と11歳の娘が呟いた日。〜成長が嬉しい反面、ちょっと切ない母のホンネ〜』
学校の公式インスタをスクロールしていて、最近ふと気づいたことがある。
「あ、結局ビジュ(ビジュアル)だな」ってこと。
もちろん、それは単に「生まれ持った顔のつくり」だけの話じゃない。
写真から溢れ出る、生き生きとした表情やピンと伸びた姿勢。
子どもらしい無邪気な笑顔や、どこか知性を感じさせる佇まい。
あるいは、スポーツや音楽など、何かに熱中して秀でた才能を発揮している瞬間の輝き。
やっぱり、そういう「映える」部分が切り取られて、載るよね、と思う。
ここマレーシアは、日本や韓国ほど美容医療が流行っているイメージは(今のところ)まだない。だけど、これからはきっと、ここもそうなっていくのかな、なんて未来を想像してみたりする。
私自身、整形とかが悪いとは全然思わない。
なんなら、ちょっと興味があるくらいだし(笑)。
綺麗になりたい、格好よくなりたい。
そのモチベーション自体は、とても自然でポジティブなものだと思う。
だけど、
「結局ビジュだよね」
と、11歳の娘の口からその言葉を聞いたとき、胸の奥がなんだか少し、切なくなった。
最近の娘は、よく「可愛くなりたい」と言うようになった。
自分の見え方を気にし始めたり、オシャレに興味を持ったり。
その成長が眩しくて、女の子らしくなっていく嬉しさもある。
だけど同時に、
「どうか、その気持ちがエスカレートしすぎませんように」
とも願ってしまう。
メディアやSNSが映し出す「完璧なビジュ」の基準に囚われて、自分を見失ってほしくない。
外見のアップデートだけに必死になって、心がすり減ってほしくない。
親としての、ちょっと複雑な親心。
学校のインスタに載るような輝きも、きっと素敵。
だけど、日常の何気ない瞬間に見せる、あの子にしかない良さも、親である私はちゃんと知っている。
ビジュアルを磨く楽しさを知りつつ、それだけに振り回されない、しなやかな強さを持って育ってくれたらいいな。
まぁ、この子はきっと大丈夫なんだけど。笑
鏡の前で少し背伸びをする娘の後ろ姿を見ながら、そんなことを思った。
今日も、それぞれの美しさが輝く一日になりますように。
