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なぜビザンツ帝国は千年続いたのか― 千年帝国の人々が大切にしていたもの ―

第1部「コンスタンティノープルで暮らす」#1
シリーズ:ビザンツ文明に学ぶ生き方

前回までの東方正教会シリーズでは、イコンや祈り、神秘思想を通して、現代とは異なる世界観を見てきました。
どの記事の執筆中にも私自身学びがありましたが、中でも個人的に特に印象的だったのが、第3部の2回目「祈りのリズムで生きる ― ビザンツの生活世界」でした。

記事を書きながら、私は次第に、ビザンツ時代の人々の文化・生活習慣がどのようなものだったのか、より深く知りたくなりました。

この世界観は、どのような人々によって支えられていたのか。
イコンを守った人々は、どんな街で暮らしていたのか。
祈りを大切にした人々は、どんな日常を送っていたのか。
市場では何が売られ、人々は何を食べ、どんな悩みを抱えていたのか。

そこで、今回からは、東方正教会の背後にあった文明そのもの――ビザンツ文明を訪ねてみたいと思います。

その第一回として考えたいのは、ある素朴な疑問です。

なぜビザンツ帝国は千年も続いたのでしょうか。


普通なら、とっくに滅んでいた

西暦476年、西ローマ帝国は滅亡します。
学校の教科書では、ここでローマ帝国の歴史が終わったように語られます。

ところが実際には違いました。
帝国の東半分は生き残っていたのです。
首都はコンスタンティノープル、現在のイスタンブールです。

そしてこの国は、その後さらに約千年続きます。

千年です。

想像してみてください。
日本なら平安時代から現代まで続く計算です。
鎌倉幕府も、室町幕府も、江戸幕府も、明治政府も、すべて飲み込むほどの長さです。

しかもその間、ペルシア帝国と戦い、アラブ帝国と戦い、十字軍と対立し、オスマン帝国と戦い続けました。
普通なら途中で消えていても不思議ではありません。

それなのに、なぜ生き残ったのでしょうか。


ビザンツ人は「勝つこと」より「残ること」を選んだ

実はビザンツ人は、私たちがイメージする英雄とは少し違います。

現代人は、勝者を好み、成功者を称賛し、負けないことを重視します。
しかしビザンツ人が最も大切にしていたのは、
生き残ること」でした。

敵が強ければ無理な戦いはしない。
必要なら和睦する。
金を払う。
婚姻関係を結ぶ。
時には屈辱的な条件も受け入れる。

現代人から見ると、少し格好悪く見えるかもしれません。しかし彼らは知っていました。

誇りのために滅びれば、それで終わりだということを。

文明を残すことの方が重要だったのです。


彼らは最後まで自分たちをローマ人だと思っていた

さらに興味深いことがあります。

私たちは彼らを「ビザンツ人」と呼びます。しかし彼ら自身は、その名前を知りませんでした。

実は「ビザンツ帝国」という呼び名は、帝国滅亡後に西欧の歴史家たちが付けたものです。首都コンスタンティノープルの旧名「ビュザンティオン(ビザンティオン)」に由来しています。

しかし彼ら自身は最後まで、自らを「ローマ人(ギリシャ語でローマイオイ)」と呼んでいました。

帝国の公用語はラテン語からギリシャ語へ変わりました。
領土も大きく縮小しました。
人々の暮らしも大きく変わりました。
それでも彼らは、自分たちをギリシャ人の国とは考えませんでした。

最後まで、自らをローマ帝国の民だと考えていたのです。


国を支えていたのは城壁ではなかった

コンスタンティノープルには巨大な城壁がありました。豊かな貿易もありました。優秀な官僚制度もありました。

しかしそれだけでは千年は続きません。

本当に国を支えていたのは、人々が共有していた世界の見方だったように思います。

自分たちはローマ帝国の民であり、教会と皇帝を中心とする一つの共同体の一員である。

その感覚は、ビザンツ社会の隅々まで浸透していました。

だから戦争や疫病や飢饉が起きても、文明そのものは続いていったのです。


私たちは何を残そうとしているのだろう

ここで少しだけ現代を振り返ってみます。

私たちは便利な社会に生きています。
情報もあり、お金もあり、技術もあります。

しかし、「私たちは何者なのか」と問われたとき、すぐに答えられる人は意外と少ないかもしれません。

ビザンツ人は完璧ではありませんでした。
陰謀もありました。権力闘争もありました。戦争もありました。

しかし彼らの社会には、自分たちが何を受け継ぎ、何を守ろうとしているのかという共通の感覚がありました。

だからこそ千年続いたのかもしれません。


おわりに

ビザンツ文明を学ぶ面白さは、単に歴史を知ることではありません。
そこには、現代とは異なる人間の生き方が残されているのです。

勝つことより残すこと。
新しさより受け継ぐこと。
一時の栄光より継続すること。

そうした価値観の中で、人々は実際に千年を生き抜きました。
これからこのシリーズでは、そんな人々の日常を訪ねていきたいと思います。

ビザンツ文明が残したものは、巨大な城壁でも、豪華な宮殿でもありません。
それは、人々が何を大切にしながら生きていたのかという記憶です。
このシリーズでは、その記憶を少しずつたどっていきたいと思います。


冒頭図版出典:ガラタ塔から望むイスタンブール全景。左からアジア側市街、トプカプ宮殿、アヤソフィア、ブルーモスク、ガラタ橋、イェニ・モスクを望む(2014年11月29日)撮影:Juraj Patekar/出典:Wikimedia CommonsCC BY 2.0


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