新説|万里の長城の建設開始は秦ではなかった
先日、山東省文物考古研究所が、遺物分析や土壌サンプリング、光刺激ルミネッセンス、放射性炭素年代測定などを組み合わせて中国の長城の調査を実施しました。長城の新たに発見された区間の建設年代だけでなく、当時使用された技法や長城の新たな機能も明らかになっています。
今回発掘された区間は、世界遺産の長城の中で最古かつ最長の「斉の長城」の一部にあたります。斉の長城は山東省中部を横断し、西の長清から東の青島海岸まで約641キロメートルに及び、春秋戦国時代には斉国の軍事戦略において重要な役割を果たしていました。
薄々分かっていたことですが、長城建設が開始されたのは、やはり秦の始皇帝の時代ではありませんでした。発見について表にまとめてみました。

通説では、紀元前220年に秦の始皇帝がモンゴルからの異民族の侵攻を防ぐために長城建設を開始したことになっています。造りも距離も…普通に考えて、始皇帝の時代だけで1万キロに及ぶ長城建設は無理でしょ…と思っていたのですが、それが研究で裏付けられた形になります。
ということは、さらに怪しくなってきたことがあります。「始皇帝が長城建設のために国民や奴隷を強制労働させた」という通説も、一度疑ってみるべきではないでしょうか。後世の後付けではないのでしょうか。いたるところに長城がありますが、群雄割拠の時代にそれぞれの国がベースの長城を建設していたのではないでしょうか。
また、今回分かった建設年代が紀元前1046年から紀元前771年です。この時の「斉」「斉の始祖」と言えば…そうです、呂尚です。呂尚が長城建設を始めたと考えるのが、可能性としては高い気がします。
これは、改めて過去記事を読み返す良い機会になります。
またしても「呂氏の偉業」は隠されていたわけですね。歴史は、どうしても呂氏の偉業を消したかったようです。
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