家庭内暴力を引き起こした巨人軍前監督よりも「生成AIに頼る若者」が怖い人たち(2026.05.31)


はじめに

2026年5月25日、当時プロ野球の読売ジャイアンツの監督だった阿部慎之助氏が娘に対して暴行を働き現行犯逮捕され、翌日未明に釈放され、その後巨人の監督を辞任したという事件がありました。酒に酔った上での家庭内暴力事案ということもあり今後は阿部氏に対しては更正プログラムを受けてほしいと思っていますが、この事件で被害を受けた阿部氏の娘が生成AIであるChatGPTを使って児童相談所に通報することを思いつき、そして通報したということで、「若者」と「生成AI」を結びつけて現代の若年層に対して不要な論評を行っているケースがいくつか見られました。

この事件については、高山義浩・沖縄県立中部病院感染症内科医による下の記事についたコメントが参考になるかと思います。

ただ、長女が生成AIに助けを求めたことは、決して非難されるべきではありません。また、生成AIが児相への相談を提案したこと自体も、間違いだったとは思いません。家庭内で体格差のある父親が、酒に酔っている可能性があり、未成年の妹の面前での暴力が疑われる状況であれば、被害が広がらないように安全確保を優先するのは妥当です。あとから「そこまでの対応が必要だったのか」と見えることはありますが、危機対応では、過小評価のほうが深刻な結果を招きかねません。

https://www.asahi.com/articles/ASV5V2G2BV5VUTIL020M.html

阿部氏の娘が生成AIを使って助けを求めたことは決して非難されることではありません。しかしこの事件に際し「生成AIに頼る若者の危うさ」を論じずにはいられない識者やマスコミ関係者が出てきてしまったことは、まさに「若者」と「生成AI」が結びついた事案として「若者」を語りたい、という不要な欲望が噴出してしまった自体と言えるでしょう。

古本陽荘・毎日新聞編集局長

26日、早速毎日新聞がこういう記事を出しました。私は毎日新聞の有料版を購読していないので記事の中身を見ることはできませんが、この記事に際して、編集局長の古本氏が30日に配信された無料メルマガ「編集局長の3本」においてこんなことを言っています。

 「同じことが10年前に起きていたら、果たして逮捕されていただろうか?」
 プロ野球・巨人の阿部慎之助前監督が長女への暴行容疑で逮捕・釈放されたニュースを聞いたときの私の感想です。
 長女は暴行を受けた後、対話型生成人工知能(AI)「Chat(チャット)GPT」にどうしたらいいか「相談」しました。児童相談所に通報するようアドバイスを受け、実際に通報しました。捜査関係者によると、長女は「父親から暴力を受けた」と書き込んだそうです。どういう状況だったかもっと詳しく書き込み、暴行の具体的な程度なども説明していたら、回答は異なっていたかもしれません。生成AIに感情はありません。与えられた情報から一定の法則に基づき最適な解を導きます。入力する情報次第で、回答は大きく変わります。
 もし、今回の件で、身の回りにスマホやパソコンがなく、チャットGPTにアクセスできていなかったら、長女は児童相談所に相談するということを思いついたでしょうか? 発表したコメントで長女は「警察が来て一番驚いたのは私。大事に発展して恥ずかしい」と心境を吐露しました。想定外のことが起きたわけです。
 生成AIの登場により、人間社会の根幹部分で何か変化が起きていると感じるようになりました。生成AIはとても便利な道具であると同時に、予期せぬ事態を引き起こす危険性も備えています。
 ニュースで生成AIの話を毎日のように耳にするようになりました。身の回りの生活から、外交や軍事まであらゆる分野で、生成AIが変化を起こし始めています。

あたかもChatGPTに「相談」したこと自体が脅威というか《生成AIの登場により、人間社会の根幹部分で何か変化が起きていると感じるようになりました》みたいな曖昧なことを言っていますが、この文章だと「娘がChatGPTに「相談」して児相に通報したこと」があたかも外交や軍事などにおける生成AIの脅威と同列で論じられているわけです。

大川千寿・神奈川大学教授

先ほど私は、別の記事「レオ14世が重ねるAIの進展と産業革命 135年前の文書が示す道」で次のようにコメントしました。教皇が昨日発表した文書『マニフィカ・フマニタス』についての解説記事です。
「急速なAIの進歩は、それが人類の尊厳を失わせる方向に展開し、人間の従属性を増すリスクがあります。産業界とも力を合わせた緊急の対応、例えば倫理規範の整備や労働倫理の確立、教育の充実などが必要である一方、それでも人類は良いものを目指せるのだという希望と信頼を忘れないようにしたいものです」
昨日は早く床についていて、深夜に突然起こされて「阿部監督が逮捕された」と聞きびっくり仰天。先ほど辞任が表明されました。巨人軍監督という名の重みを考えた時、潔い決断であると思います。
そして、家庭内トラブルを受けた通報に、生成AIが関わっていたと聞き、なお驚いた次第です。
教皇の警鐘が、早速こんな形で問題となって露呈する、しかも自分が愛するチームの監督をめぐる問題で露呈するとは、ただただ残念です。

https://www.asahi.com/articles/ASV5V0C99V5VDIFI009M.html

(冒頭で採り上げた高山義浩氏のコメントもそうですが)試し読みとして解放されていたコメントを読んで驚きました(筆者は朝日新聞も有料版を購読していない)。

筆者は巨人ファンのようですが、《そして、家庭内トラブルを受けた通報に、生成AIが関わっていたと聞き、なお驚いた次第です。/教皇の警鐘が、早速こんな形で問題となって露呈する、しかも自分が愛するチームの監督をめぐる問題で露呈するとは、ただただ残念です》これも先の毎日新聞の編集局長と同様に、「若者がChatGPTに「相談」して助けを求めた結果(自分がファンである)巨人の監督が辞任した」という、あたかも娘の側が加害者であるかのように語っています。

ちなみに試し読みとして公開されていないコメントだと、この記事についているおおたわ史絵氏と、高山氏のコメントがついている記事についているマライ・メントライン氏(《「誰よりもまずチャットGPTに相談!」という流れになった点が、善し悪し以前にとても重要な気がする》)というのが若者論チックで不安だ。

『AERA』米倉昭仁記者/原田曜平・芝浦工業大学教授

一番酷いのを。

原田、いつのまに博報堂から芝浦工大に移っていたんだ。まあそれはそれとして「若者に詳しい」ことを売りにする原田が《「でも、Z世代には、ああいうふうにAIを信じすぎちゃう子、たくさんいると思うんです」》《「Z世代は他の世代に比べて、圧倒的にチャットGPTを使っています」》などとデータを示さずに断言したり、米倉記者も記者で《かつては親や友人、部活の先輩が担っていた「助言者」の役割を、今の若者はAIに求めるようになっているという》《AIはいまや絶大な影響力を持っている。Z世代のSNS利用はここ1年ほどで頭打ちになり、可処分時間がAI利用に移りつつあるという》「という」連発、そして挙げ句の果てに

さまざまな見方ができる「現実」について、AIは相談者の言葉に従って相談者のための状況を整理する。いわばAIによるフィルターバブルができあがる。そして、AIが提示したある意味純度の高い選択肢を行動に移せば、現実世界で予想しないハレーションが起こることは、容易に想像がつく。

って決めつける。これも「若者」+「生成AI」=社会病理、という、言論・出版界で30年以上かけて培われてきた手癖とハルシネーション(幻覚)のなせる業でしょう。

若者が怖いですか

そもそも(既に指摘している人も少なくないですが)書店やコンビニにはビジネスパーソン向けの「生成AIの使い方」みたいな書籍が溢れている中で、「巨人軍の監督が娘に(酒に酔って)暴行を働き、娘がChatGPTを使って児童相談所に通報することを思いつき、通報した」ことが、あたかも政治・外交・軍事分野における生成AIの悪影響と同列に「脅威」として語られること自体異常ではないかと思います。それも、(大川のように)巨人ファンであることに由来する認識の歪みというよりも、通報した人間が18歳の「若者」であったことにより社会病理、社会に対する脅威として見なされるようになったと言った方が適切でしょう。

これについては、阿部氏の監督復帰を願う署名を行った人間に対しても次のような“論評”がなされています。

阿部慎之助の復帰を願う署名の人、Xアカがあり、署名を立ち上げる前のログもまるまる残っているのでさかのぼって読んでいたのだけど、長年の巨人ファンのおっちゃんなのかなと思ったらなんと「今年大学進学」と書いているのでおそらく10代(筆者注:後に「20歳前後」と補足)、しかも迂闊な最近の10代らしく平気でイスラム教や朝鮮学校へのヘイトを気軽に書き込んでいて、いろんなものの拡大再生産〜〜〜〜〜

能町みね子 / https://bsky.app/profile/nmcmnc.bsky.social/post/3mmxhg5rxsc26

と、こちらも署名をやっている側が「若者」であることを強調した書きぶりをしています。《長年の巨人ファンのおっちゃん》ならいいのでしょうか。ここにも「若者」の行為は社会病理の集積であり、表出であるという言論界のハルシネーションが現れています。

自分たちの社会は「若者」に脅かされている、という感覚は宮台真司とそれに呼応した政治右派及びサブカルチャー左派によって引き起こされ、2000年代には若い世代をさも「叩いて遊ぶおもちゃ」として扱うような若者論が蔓延し、いまやそれに対して疑問を挟むことすら許されなくなっています。若者論(と、それを支える言論市場)によって引き起こされているハルシネーションにも、我々は向き合うべきではないでしょうか。


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