「優しいね」と言われるたび、苦しかった。──回避性パーソナリティ障害の私が気づいた“優しさ”の正体
※この記事は2026年6月8日に加筆・再構成しました。
こんにちは。
先日カウンセリングを受ける中で、「回避性パーソナリティ障害」の傾向があると指摘されました。
人は嫌いじゃないのに、深く関わろうとすると逃げたくなる。その矛盾にずっと悩んできたんですが、正体が言葉になった瞬間、妙に腑に落ちたんです。
この記事は、その「逃げたくなる自分」を責めるのをやめて、どう付き合っていくかを探すまでの記録です。日々のジャーナリング(日記)をもとに、回避傾向のある人間が日常で何を考え、どう生きづらさを抱えているのかを整理してみます。
「優しさ」は、攻撃を防ぐための盾だった
私はよく「優しい」「物腰が柔らかい」と言われます。でも自分の中では、ずっと小さな違和感がありました。
掘り下げていくと、この優しさは相手への純粋な配慮というより、自分を守るための盾なんだと気づいたんです。
愛想笑いも礼儀正しさも、本音を隠すための仮面に近い。相手の顔色をうかがうのは、思いやりというより、不機嫌にさせて攻撃されるのを防ぐための戦略的な防衛。すぐ「すみません」と言ってしまうのも、心からの謝罪というより「これ以上踏み込まれないための降伏宣言」に近いんですよね。
根っこにあるのは、自分のテリトリーを侵されたくない、という強い警戒心です。だから店員さんに親しげに話しかけられるだけでも、領域に踏み込まれるような居心地の悪さを感じてしまう。
これは「他人に興味がない」んじゃなくて、踏み込まれて自分のペースを乱されるのが怖すぎて、つい関わりを避けてしまう。そういうことなんだと、ようやく腑に落ちました。
根っこにあったのは「恥」と、幼い頃の記憶
なぜここまで「傷つくこと」や「失敗」を怖がるのか。ジャーナリングで深掘りしていくと、根っこには「恥」の感覚と、幼い頃の体験がありました。
私は自分にやたら高い理想を持っていて、それがかえって自分の首を絞めています。理想が高いぶん、失敗して恥をかくのが怖い。だから「失敗するくらいなら、何もしないほうがマシ」と動かなくなる。褒められても素直に喜べないのも、「本当の自分を知られたら、どうせ幻滅される」という感覚があるからでした。
たどっていくと、幼い頃に親へ抱えていた「話を聞いてほしかった」「ただ共感してほしかった」という、満たされなかった想いに行き着きます。親の機嫌を損ねないように振る舞っていた癖が、大人になった今も、まわりに対して発動してしまう。
「迷惑をかけたくない」と強く思うのも、裏を返せば「誰にも借りを作りたくない」という拒絶でもある。欲求を無視された経験から、「助けて」がうまく言えなくなって、一人で抱え込む癖がついてしまったんだと思います。
「治す」んじゃなくて、「組み立て直す」
ここまで書いてきて、私はこの特性を「障害」や「欠点」として消そうとするのをやめました。治療ではなく、自分らしい生き方を組み立て直す。そっちに切り替えたんです。
完全にひとりは寂しい。でも誰かと融合するのも怖い。そこで私が目指しているのが、「のれん分けされた孤独」という距離感です。
互いに干渉しすぎず、でも世界観は分かち合える。そんな少人数と、焚き火を囲むように、適度な距離で暖め合う。言葉を交わさなくても「いいね」と思い合える——そのくらいの関係が、私にはちょうどいいんです。
HSP気質もあって、音や光に敏感な私にとって、「静寂」はただの無音じゃなく、エネルギーを取り戻すための大事な資源です。自然の中で過ごしたり、サウナで刺激を遮断したり。脳のノイズを静める時間を、意識して確保するようにしています。
そして、自分に合わない環境から離れることを「逃げ」と責めるのもやめました。あれは「戦略的撤退」なんだ、と捉え直すことにしたんです。消耗しない場所、強みを出せる場所を選ぶのは、生き延びるための知恵だから。
世間的な「正解」や「成功」より、「これでいいんだ」と自分が腹落ちできる「納得感」を、これからは大事にしていきたい。こうして言葉にすることで、少しずつだけど、自分を許せるようになってきた気がしています。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
あなたにも、「優しいね」と言われるたびに、ほんの少し苦しくなる瞬間が、ありましたか。よかったら、聞かせてください。
