「しっかりした子」と「その子らしい子」、どちらに育てたい?
小4息子がお友達の家に遊びに行った日のこと。
約束の時間を過ぎても、なかなか帰ってこないことがありました。
(夕飯の時間なのに、迷惑をかけていないかな)
(そろそろ帰る時間だって、自分で気づいてほしいな)
そんなことを思いながら迎えに行くと、家の中からは楽しそうな声。
もう、うちの子ったら…!
そう思いながらインターホンを鳴らすと、相手のお母さんが、
「夕飯作りながら見てたから大丈夫ですよ〜」
と笑顔で迎えてくれました。
ありがたいなぁと思うと同時に、あとから少し考えてしまいました。
私は、息子にどう育ってほしいんだろう、と。
約束の時間を守れること。
相手の都合を考えられること。
迷惑をかけないようにできること。
それは、もちろん大事です。
うちによく遊びに来る子たちは、時間になるときちんと帰っていきます。
私はその姿にいつも、「しっかりしているなぁ」と感心していました。
だから、息子にもそうなってほしい。
そう思って、ふと、
「時間になったら自分から帰ってくる息子」を想像してみたら、
それって、息子じゃないじゃん。
と思ったんです。
息子には、息子の良さがあります。
友達を誘って、みんなを遊びに巻き込んでいくところ。
楽しいことに向かって、まっすぐ動いていくところ。
少し図々しく見えるくらい、人との間に入っていけるところ。
以前、別のお母さんから、
「〇〇くんが誘ってくれたから、うちの子も輪に入れた」
と言ってもらったことがありました。
そうか、これは息子の良さなんだな、と思いました。
「しっかりした子になってほしい」
「でも、この子らしさは消したくない」
どちらも本音だから、迷います。
実はこれ、親としてだけでなく、
教員としてもずっと悩んできたことでした。
目の前のこの子を大事にしたい。
この子の気持ちをじっくり聞きたい。
この子なりの理由をちゃんと知りたい。
この子のペースや感覚を、できるだけ大切にしたい。
でも、教室にはその子だけがいるわけではありません。
他の子もいる。
授業の時間もある。
行事もある。
学校全体のルールもある。
自分一人の判断だけでは動かせないこともある。
一人ひとりに時間をかけると、全体が回らなくなってしまう。
でも、全体を回すことばかり優先すると、目の前の子を置いていくような感覚になる。
「一人一人を大切に」と言うのは、簡単です。
けれど現実には、時間も人手も限られている。
集団で過ごす以上、守らなければいけないこともある。
社会の中で生きていくために、身につけてほしい力もある。
その現実から、目を背けることもできません。
では、個性と社会性のバランスを、どう取ればいいのでしょうか。
今の私が思うのは、
”社会”よりも、”個”を先に置きたい ということ。
ただし、
「この子は何が得意か」
「どんな能力があるか」
「どんな役割を発揮できるか」
そういう、外から見つけやすい個性よりも、
もっと手前にあるもの。
その子が今、何を感じているのか。
何を心地いいと思うのか。
何に心動き、何に違和感を覚えるのか。
その子の中には、その子だけの感覚があります。
うまく説明できないけれど、好き。
理由ははっきりしないけれど、なんか嫌だ。
人から見れば小さなことでも、自分にとっては譲れない。
そんな、まだ言葉にならない感覚も含めて、
そういう一人ひとりの内側が、まず、「ある」ということ。
あるのだと、受け止めてもらえること。
なかったことにされないこと。
できれば尊重してもらえること。
私はそれも、個性を大切にするということに含まれるのだと思っています。
能力として評価される個性ではなく、一人の人として、存在や感覚が大切に扱われるという意味での個性。
もしかしたら、それは、一人一人の人権や尊厳に近いものなのかもしれません。
自分の感覚や存在が大切にされていないまま、
「周りを大切にしなさい」
「迷惑をかけないようにしなさい」
と言われても、子どもにとっては難しい。
自分の気持ちを聞いてもらった経験があるからこそ、相手にも気持ちがあることを知っていく。
自分の存在を大切に扱ってもらう中で、少しずつ、他の人も同じように大切な存在なのだと感じていく。
そう考えると、社会性は、
自分を押し込めて身につけるものではなく、
自分も相手も大切にする方法を覚えていくこととも言えます。
だとしたら、「個性か、社会性か」を選ぶ必要はありません。
伸ばしたいその子らしさと、見直したい行動を、分けて考えればいいのかもしれない。
息子が時間を過ぎても遊んでいたことは、相手の家の都合にも関わることです。時間を守ることや、守れなかったときにどうするかは、一緒に考えていきたい。
でも、それは、友達を誘う勢いや、夢中になって遊ぶ良さまで否定することとは違います。
「あなたは図々しくて迷惑な子」と言ってしまうのではなく、
「そんなに楽しかったんだね。みんなと遊ぶのが本当に好きね」
と、まず息子の内側を見る。
その上で、
「でも、帰る時間を過ぎると心配する人がいる。友達の家にも都合がある」
と、相手の存在を伝える。
そして、
「次はどうしたら、思いっきり遊びながら時間も守れるか、考えよう」
と、一緒に方法を考える。
まあ、いつもこんなに落ち着いて話せるわけではなく、
「もう!」が先に出る日もあります。笑
それでも、社会性を身につけさせようと、その子らしさを削ることにはしたくない。
その子の内側を置き去りにせず、人と一緒に生きる方法を考えていきたい。
今のところ、それが私なりの「個性と社会性の育て方」です。
ルールを守れる社会性のある子
自分を持った個性的な子
どちらか一方に育てるのではなく、
その子の持ち味を消さずに、人との関わり方を一緒に育てていく。
きっと、子育ても教育も、その繰り返しなのだと思います。
いいなと思ったら応援しよう!
いただいたチップは、学校の先生や子どもに関わる大人たちが「生き生き」を取り戻す活動に使わせていただき、そして子どもたちに還元していきます!