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5月末の湖畔だより〜ライラックの季節、そして自然への尊重の眼差しと

朝晩の気温がまだ一桁。
例年ならビーチクラブの人が湖に入ってドックを設置してくれる時季なのに。

しかしライラックはそこここで花をつけ始め、友人の住むライラック通りを歩くとほんわり・むわーっとその香は初夏を告げる。

この地域の初夏の(はずの)香り
ブルージェイが頻繁にエサをついばみに来る
mating season;お相手を見つける季節
お相手が見つかってのグースの赤ちゃんたち。パパ+ママと一緒なのが常。
(ママママ、パパパパかもしれないけど)
室内で種から育てた苗を外に植え替え
サマースクワッシュとズッキーニ
お豆類は右上黒いバスケットに
きゅうりは直に播く
朝日に向かってすくっと立つサマースクワッシュの苗
この時期、鳥とリスの荒らし屋に要注意だ
すでにひとつやられてしまった
去年蒔いたフェンネル
すっかり忘れて芝刈りでなぎ倒すところだった💦
手前は菊芋
どんな極寒の後にも勝手に出てくる生命力よ
ミントが増えすぎて大変
野菜畑の中にも侵入
動物除けに地植えしたのが悪かった
ミントティー、スイカサラダ、葉っぱを乾燥させてストックもするが
そんな消費量では到底追いつかず
マリーンとユージーンにお裾分け用に引っこ抜く
地植えしないようにと念を押して
数年前、湖畔の家の間借り人のおばさんからもらたアスパラガス
ようやくそれっぽい小さいのがお目見え
1本・・・💦

-20℃の厳冬を耐え抜いて出てくる生命力。
しかし ”耐え抜く” と考えるのは人間の勝手な思い込みかもしれない。
彼らにはそれが当然で、むしろ喜んで必要としているのかもしれない。

お隣のメープルの木
ひと月前まで枯れ木の様だったのに
今やからりと当たり前に葉を広げ
湖風を受けてわさわさ揺らぐ

メープルは春を知る何百ものセンサーをその芽ひとつずつに搭載してその瞬間を逃さない。人間の持つシステムより洗練されていると言う。

図書館裏の公園で子供たちのローラーブレード大会
日中は20Cを超える

日本では季節の移り変わりに合わせて服を選んだものだ。しかしここ湖畔では5月でも4月もなんなら3月でも晴れて気温が上がれば人々は真夏の装いだ。ジャケットを傍に置くことを忘れないけれど。

十日前の黄色いタンポポ・フィールド(写真下)はふわふわ綿毛に
短い春のイエローノート

昨日は午前3時起き。東京と繋ぐ4時からのミーティングに備えて。仕事場の周りにある古い樹木を何とかして残したいと思っての相談。緑が好きだからとか愛着があるからとか、そんな単純な事ではないのだ。それらを切ってコンクリートにしてしまうことが私の中で腑に落ちない。メープルの木々が持つ人間を越えた英知。マイルドな気候であっても東京で長く生きて来たその木々の何を私たちは知っていると言うのだろう?
東京に居ると環境が人の手で管理され過ぎて、それがむしろ当たり前で、人は自然を勝手にコントロールできるものだと錯覚してしまう。

自然への尊重もなく。

そう考えるようになったのはカナダ湖畔生活のおかげかもしれない。

樹木を保存できる可能性は僅かにあって、ミーティングではその確率は低いながらもそこにチャレンジしてみてはという後押しを貰った。

覆しようのない日の出の位置の移動
今はひたすら北へとずれてゆく

今日一日の始まりはフォックス島の南端。
湖面がその色を静かに受け入れている。

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ながつきかず 日本とカナダの子供たちのために使いたいと思います。