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【沖縄と歴代県知事】第6弾・仲井眞弘多 〜「経済の自立」を掲げた実務家、ふり子は内側から動き出す〜

ハイサイ!八重瀬町議会議員の秋田一成(あきた かずなり)です。

今年の9月、沖縄県では県知事選挙が行われます。沖縄の4年を、そしてこの先の沖縄のかたちを決める、とても大きな選挙です。その前に「歴代の沖縄県知事」を一人ずつ紹介するシリーズ。屋良朝苗(やら ちょうびょう)さん、平良幸市(たいら こういち)さん、西銘順治(にしめ じゅんじ)さん、大田昌秀(おおた まさひで)さん、そして前回・第5代の稲嶺惠一(いなみね けいいち)さんに続いて、今回が第6弾です。
※このシリーズは、特定の党派や立場を応援するものではありません。

前回の稲嶺さんは、「対話と協調」で国との関係を立て直した保守の知事でした。そして今回このシリーズで初めて、ふり子は振れません。保守から、保守へ。第6弾は、第6代沖縄県知事・仲井眞弘多(なかいま ひろかず)さんです。

■ 仲井眞弘多ってどんな人?
仲井眞弘多氏プロフィール:全国知事会

在任期間:2006年12月10日〜2014年12月9日(第6代沖縄県知事)

仲井眞さんは、東京大学工学部を出て通商産業省(今の経済産業省)に入った「技術官僚」出身。その後、沖縄電力に移り、県の副知事を経て同社の社長・会長を務めました。国の官僚、県の副知事、そして民間企業のトップ。行政と経済の両方を知り尽くした、筋金入りの実務家です。ルーツをたどれば、琉球王国の名宰相・蔡温(さいおん)を出した久米三十六姓・蔡氏の家系という、歴史のロマンを感じる背景の持ち主でもあります。

掲げた信念は「経済の自立なくして沖縄の自立はない」。稲嶺さんが敷いた「自律型経済」の路線を、さらに加速させた8年でした。
今回は、そんな仲井眞さんのエピソードを3つ紹介します。

■ ① 世界最高水準の大学を、沖縄に ― OIST・第2滑走路・観光700万人

仲井眞さんの8年は、いま沖縄にある「大きなもの」が次々と形になった時期です。

まず、恩納村の沖縄科学技術大学院大学(OIST)。世界中から研究者を集める大学院大学が、2012年9月に開学しました。仲井眞さんは設立準備の段階から深く関わっています。那覇空港では、24時間使える強みを活かしてANAの国際物流ハブが2009年に本格稼働。さらに第2滑走路の増設を2014年1月に着工させま 観光客は就任時の約550万人から、退任年度には史上初の700万人突破・約717万人へ。

第2滑走路航空写真

技術官僚出身でITにも明るく、数字と設計図で沖縄の将来を描く。前回の稲嶺さんの回で「自分たちで稼ぐ力をつける」という考え方に触れましたが、仲井眞さんはそれを具体的なインフラと産業に変えていった人だと感じます。役場出身で、いま行政のDXに取り組む私から見ても、この「基盤を作る仕事」の大きさには驚かされます。

■ ② 「使い道は沖縄が決める」  一括交付金という発明

もうひとつ、私たち市町村の立場から外せない実績があります。「沖縄振興一括交付金」です。

仲井眞さんは2010年に、20年先の沖縄を見据えた長期構想「沖縄21世紀ビジョン」をまとめました。これを土台に2012年、沖縄振興特別措置法の改正で、使い道の自由度が高い「一括交付金」を政府に働きかけて実現させます。それまでの補助金は、国がメニューを決めて沖縄が使う形が基本でした。それを「沖縄側が使い道を考えて提案する」形に変えた。県だけでなく市町村の事業にも使える仕組みで、地域が主役のまちづくりを後押しするお金です。沖縄振興一括交付金:内閣府

国と対立するのではなく、交渉のテーブルで実利を引き出す。毎年3,000億円台の沖縄振興予算の確保も含めて、これが仲井眞さんの政治スタイルでした。

一括交付金を活用して整備したサッカー場
八重瀬町スポーツ観光交流施設

■ ③ 「いい正月になる」 ― 辺野古の承認と、公約のゆくえ

一方で、仲井眞さんを語るうえで避けて通れないのが、やはり基地の問題です。ここは評価が真っ二つに分かれるところなので、両方の見方を書きます。

仲井眞さんは2010年の知事選で、普天間飛行場の「県外移設」を公約に掲げて再選されました。しかし2013年12月25日、安倍首相(当時)と会談し、毎年3,000億円台の振興予算や普天間の5年以内運用停止などの負担軽減策を引き出すと 、その2日後、辺野古沿岸部の埋立を承認します。会談後に語った「いい正月になる」という言葉は、この決断の象徴として今も語り継がれています。

沖縄を売った男:扶桑社

この選択を、「対立ではなく交渉で、予算と負担軽減という実利を最大限引き出した」と評価する声があります。一方で、「県外移設の公約を覆した決定的な公約違反だ」という厳しい批判があるのも事実です。県議会は辞任要求を決議し、保守の内部からも翁長雄志さんが袂を分かち、のちの「オール沖縄」につながっていきました。理念か、実利か。このシリーズで何度も出てきた問いに、仲井眞さんは「実利」と答えました。その答えが正しかったのかどうかは、わかりません。大切なのは、両方の見方を知ったうえで、自分で考えることだと思っています。

■ おわりに

屋良さん(革新)、平良さん(革新)、西銘さん(保守)、大田さん(革新)、稲嶺さん(保守)、そして仲井眞さん(保守)。同じ側が2代続き、ふり子は止まったように見えました。

でも、実際はそうではありませんでした。次の大きな揺れは、外からではなく、内側から生まれます。仲井眞さんの決断をきっかけに保守が割れ、「オール沖縄」という新しいうねりが生まれる。沖縄の政治の流れが大きく変わる瞬間が、この8年の終わりに始まっていました。

歴史を知ると、選挙が少し立体的に見えてくる。次回は、その渦の中心にいた人。第7代・翁長雄志(おなが たけし)さんをご紹介します。どうぞお楽しみに!

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