【第1回】【八重瀬町施政20周年】この町で学んだ「つながり」の形。
ハイサイ!
八重瀬町議会議員の
秋田一成(あきた かずなり)です。
沖縄本島南部に位置する八重瀬町(やえせちょう)は、2026年1月1日に町制施行20周年という
大きな節目を迎えました。
2006年に旧東風平町(こちんだちょう)と
旧具志頭村(ぐしかみそん)が合併して誕生したこの町。私自身、この町で多感な時期を過ごし
役場職員として現場を歩き、現在は議員として
八重瀬の未来を考えています。
この記念すべきタイミングで
改めて「八重瀬町とはどんな場所なのか」を、私自身の歩みと共に数回に分けて綴っていきたいと思います。
■ 都会から田舎へ。
私は小学校3年生の時、
浦添市(うらそえし)から八重瀬町(旧東風平町)へと引っ越してきました。
浦添市といえば、那覇市に隣接し、大型商業施設や
飲食店が立ち並ぶ沖縄有数の「都会」です。
夜でも街は明るく、賑やかなのが当たり前。
そんな環境から移ってきた当時の私にとって
八重瀬町での生活は驚きの連続でした。
八重瀬町は、沖縄本島南部のほぼ中央に
位置しています。町の北側(旧東風平町)は
平坦な土地が広がり、那覇へも車ですぐという
利便性の高い地域。
一方で、南側(旧具志頭村)へ進むと
太平洋に面した雄大な海岸線や、なだらかな丘陵地帯が広がります。
町名の由来にもなったといわれる
「八重に重なる瀬(山や嶺)」が象徴するように、
起伏に富んだ豊かな表情を持つのが
この町の地理的な特徴です。

(リンクあり)
引越し当初、特に印象に残っているのは
浦添では見られなかった満天の星空です。
夜は街灯がほとんどなく真っ暗。
そして風に乗って漂う土やさとうきびの香り。
たまに牛や豚の匂いも 笑。
都会の喧騒から、「ずいぶん田舎に来ちゃったな」と
戸惑ったのが正直な第一印象でした。
しかし、この田舎には都会にはない、
驚くほど濃密な「人の温かさ」がありました。
「学校慣れたー?」と気さくに声をかけてくれる
近所のおじさんやおばさん。
そして、転校生だった私を
すぐに仲間に入れてくれた同級生や
年齢の近い近所の子どもたち。
私は地元の少年野球チーム
「東風平星(こちんだほし)」に入団し、
父母の皆さんや地域の方々に支えられ育ちました。
その後、東風平中学校ではハンドボール部に所属。
チームメイトと共に汗を流し九州大会優勝という
大きな目標を成し遂げた経験は、
私の人生の大きな糧となっています。
そして、私の心をさらに深く
八重瀬に根付かせたのはスポーツだけではありません各集落で大切に守られている
「豊年祭」などの地域行事です。
豊年祭前に行われる「棒術(ぼうじゅつ)」の練習では、地域の先輩方から直接手ほどきを受けました。
世代を超えて一つの演武を作り上げていく
その熱気の中に身を置くことで
「この町の文化を繋ぐ一人」に
なれたような気がしました。
こうしたスポーツや伝統行事を通じて
地域と深く関わる中で、いつの間にか八重瀬は
私にとって、単なる「住む場所」ではなく
自分を形づくる大切で特別な居場所になっていました。

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■ 20年で変わった景色、向き合うべき課題
合併からの20年で八重瀬町の景色は
劇的に変わりました。
那覇市へのアクセスがさらにスムーズになり、
新しい住宅地が広がり、人口が増え続けている
「若々しく活気のある町」へと成長しました。
しかし、町の利便性が高まる一方で
私たちが直視しなければならない課題もあります。
人口が増える一方で、以前に比べて「地域との関わり」が少しずつ希薄になっているように感じます。
実際に、自治会への加入率は
現在約6割程度に留まっており都市化が進む中で
地域の絆をどう維持していくかが問われています。

八重瀬町には、私が魅了された棒術や獅子舞などの
豊年祭、そして旧盆のエイサーなど
たくさんの伝統芸能があります。
これらは単なる伝統行事ではなく、
地域の人々をつなぐ大切なものです。
この「心のつながり」を新しい住民の方々とも共有し、次世代へ繋いでいく。
今後の八重瀬町発展ため、
すぐに取り組まなければならない最優先のテーマだと私は考えています。
■ 八重瀬の誇り。紡いできた歴史と、これからの未来。
最後に、全国の皆さんに自慢したい「八重瀬町の宝物」を3つの視点でご紹介します。
1. 歴史を創った先人と、心に響く歌の力
沖縄の自由民権運動の父
謝花昇(じゃはな のぼる)
名曲「汗水節」の作詞者
仲本稔(なかもと みのる)
八重瀬には、不屈の精神と知恵で
道を切り拓いてきた先人たちがいます。
その精神は今、新しい形で歌い継がれています。
八重瀬町出身のかりゆし58
前川真悟(まえかわ しんご)さんが歌う
母の感謝を込めた「アンマー」。
そして冬の夜を彩る幻想的な光をテーマにした
「電照菊」。大切な人を照らしたい。
という歌詞の想いは、この町の温かさと重なります。

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2. 世界へ羽ばたくスポーツの力
八重瀬町は、充実した施設を誇る
「スポーツの町」でもあります。
実際に、世界の大舞台やプロの世界で活躍する
アスリートもこの町から次々と生まれています。
私が情熱を注いできたハンドボールも含め、
切磋琢磨し合う風土が、未来の才能を育んでいます。

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3. 大地の恵みと、息を呑む絶景
農業が盛んな八重瀬町は、特産品の宝庫です。
全国的にも有名な「ぐしちゃんピーマン」をはじめ、様々な美味いものがあります。
また、今の時期なら八重瀬公園の寒緋桜
そして100種類以上の動植物が見られる
「ホロホローの森」や直接海へと流れ落ちる、
沖縄でも珍しいダイナミックな滝「ギーザバンタ」
の絶景など、訪れるたびに新しい感動に出会える
場所がここにはたくさんあります。

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■ おわりに
町制20周年。 この町は、かつての私を
温かく迎えてくれた時と同じ優しさを持ちながら
新しい課題へと立ち向おうとしています。
一人の住民として、そして議員として。 歴史を敬い、今の課題を直視し、もっとワクワクする
未来をつくる。その決意を新たにしています。
次回はそんな八重瀬の伝統芸能について
ご紹介します。どうぞお楽しみに!
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