見出し画像

風船と少女

自己紹介:妻の転勤の機に福祉施設の施設長を退職し、持ち家も処分。当時13歳の娘と家族3人で2023年夏にオーストラリアに移住の48歳。現在子育てと家事全般を行う完全専業主夫。ワーホリのタグ付けをしているが、ワーホリではなく働く予定も特になし。一応、社会福祉士だが外国ではなんの意味もない。吉本芸人チャド・マレーンがオーストラリアを「ラリア」と呼ぶことに感銘を受け、そのまま使用する。


もうね、文が長いのは勘弁してね。しょうがないよ、長くなっちゃうんだから。

あと、今回美術関係者は怒らないでね、素人のデタラメな持論が満載ですので( ノД`)シクシク…



 
取り敢えず、パァパはある程度の説明はするけど、チミが、それ違うと思う!と思ったらそれでいいんだよ。全ての作品が素晴らしいと思う必要は全くないよ。嫌いな作品やピンとこない作品はそれはそれで良いんだよ。
 
娘・12歳とバンクシー展へ。
 
今回、ことのほか12歳が興味津々。開催前からテレビを見るたび、行こう行こう!と言ってたんだよね。
 
向かう途中で言ったんだよね、冒頭の事を。難しく考える必要もないし、無理して作品に意味をみつける必要もない。全ての作品に対して「良い!」と思わなくてもイイ。好きな物、素直に感じたものだけ見ればいいよ。って。
 
でも、それだけじゃあまりにも、なんで付け加えた。
 
現代アートっていうのは上手/下手で考えない方がいい。この構図が素晴らしいとかも考えないで。チミが学校で習ったダビンチやルーベンスの様な見方とは、ちょっと違う。一番大事なのは、コレナニ?って思うこと。ナゼコウナッタ?って驚くこと。ナンデコンナコトシタ?って。・・・例えば今チミが食べているハンバーガーの包み紙にパァパの吸っているタバコの灰で絵を描く。誰でも出来る。何処でも出来る。でも「誰もやらなかった」。この「誰もやらなかった」ことが重要、今日チミが見る作品に共通することだよ。二番煎じは誰でもできるけど、一番最初にそれをやった発想力が大事なんだよ。だから現代アートは「発明/発見」のアートなんだよ。「誰もやらなかった」事を「発明/発見」のアート。芸術は爆発だ!なのだよ(´∀`)

もう、完全に素人の俺の独断と偏見と浅学に満ちた説明だが12歳にはこれで十分だろう🤣

先に見た友人のアドバイス通り、入場してすぐに図録を買い、若干の予習をしてから観ることにする。12歳と仲良く入り口のベンチに座って「・・・社会風刺や痛烈な批判に満ちたストリートアートは・・・」と声に出し朗読ながら。楽しい♡

いざ館内へ。

最初は戸惑っていた12歳も少しずつ「観る」ようになる。

「麻袋に描いたり、割れたベニヤを使ったり。なんで?って思うよね。・・・。うん、パァパが言ったこと、わかる気がする」

お、いいねいいね。

「それともう一つ」

うむ。

「なんか、どっかで見たことある絵が作品の一部になっていたり、知っているマークが使われていたり・・・」

おうおう。

「いろんなものを組み合わせて作るのも現代アート?」

偉い!チミは本当に偉い!正にそうなのだよ。既存のものを組み合わせて新しいイメージを作る、「編集」という手法もとても大事なのだ。昔からある良いものを”ミックス”して違うイメージを作るということは?

「あ、DJっぽいね」

もう!お前は本当に天才じゃなかろうか!さすがパァパの娘だ(意図的に”ミックス”って言葉を使って答えを誘導したのだけどw

「なるほどなるほど」

12歳は思いの外、ストリートアートがスッと入ってきたようで、一つ一つの作品を丹念に見ている。

しかし俺のハッタリもここまできたら名人芸だと思う。全く根拠のないデタラメな話ををそれらしく🤣仕立て上げ娘に「現代アート」を説く。隣にいた美術学生とか笑ってたんじゃなかろうか、何言ってんだこの親父、って🤣

で、最後の展示で事件が起きる。

一番有名な《風船と少女(Girl with balloon)》。

「希望の象徴」と説明されているその作品をじっと見て12歳が言う。

「これ、希望の象徴なの?・・・これ、風船が離れていってんじゃん?で、女の子の髪とスカート。後ろから風が来ている。風船はどんどん風に流されて離れていくよ。これ、希望を手に入れると言うよりも、どんなに追いかけても手に入らないって意味に見える、私には。・・・あと、この女の子の顔。これ、おばあさんに見える。・・・なんか、とても悲しい絵に見えるんだけど。・・・間違っている?」

・・・。

「私、間違っている?アートの見方」

・・・・。

「・・・やっぱ間違ってる?」

・・・間違ってない!全っっっっっ然、間違ってないよ!ちょっと待ってね。パァパ、今お前になんていって良いかわかんないから、ちょっと待って。

まじ、言葉を無くした。親バカなんだろうけど、うわ!こいつ何!すげえな!って思ちゃった。慌てて図録の説明を見ると。バンクシー本人はこの絵に対して希望云々は言ってないんだよね。あくまでバンクシーの横に第3者がTHERE IS ALWAYS HOPEと書き加えただけで。その予備知識のない12歳にはこの絵は「悲しい絵」に見えるのだそうだ。

そしてそう言われると、俺にはもう、そのようにしか見えない。彼女の言うように風船は離れていく。例えば、この次の瞬間の絵があるとして、女の子の手が風船を掴み取る姿はイメージできない。もっと離れていく。目の前にあるのに、手が届きそうなのに、決して掴むことのできない「希望」。そして娘の言う通り、少女の顔。老人のように見える。ステンシルの具合ではない。どんなに目を凝らしても希望に満ちた少女の顔は見えない。小さな体に険しい老人の顔を持つひどく歪な「少女像」なんだよ。

2時間かけて展示物を3回回った。1回目、2回目、3回目、同じ作品は見るたびに微妙に異なるイメージを放っていた。ただ《風船と少女》は何度見ても、いや、見るば見るほど「希望」からかけ離れた作品だった。

帰りに売店によりグッズを買った。クリアケースやキーホルダー。

「あ!パァパの部屋にあるレコードのやつだ!これも買おう、可愛いから」

いや、今回ウォーホルの展示してねえし!・・・まあいいか(´∀`)可愛いなら(´∀`)

そして。

12歳は《風船と少女(Girl with balloon)》のキーホルダーをじっと見つめて考えている。なんで?欲しいならそれも買えば良いじゃん?

「・・・うん、この絵見るととても悲しくなるんだよ。なんていうか、キーホルダーとして持って良いのかな?って・・・。・・・いや、買う!見ていると悲しくなるけどこの絵が一番好きだから!」

悲しいけど、この絵が一番好き。

うん、見る前も見ている時もパァパが横でグダグダ言ったけどね。もう12歳にはそんな講釈は必要ないよ。

悲しいけど、この絵が一番好き。

うん、彼女はちゃんと絵を見ている。



帰宅して。何故バンクシーのモチーフにネズミが多いのか?と言う疑問に12歳「・・・世界中どこにでもいるから。じゃない?」とな。お前、マジ天才かよ( ノД`)シクシク

#オーストラリア
#シドニー
#専業主夫
#移住
#海外生活
#子育て

いいなと思ったら応援しよう!