ゲーテもスキだし、カフカもスキで困る(中編)
ゲーテは言う
希望は誰にでもある。
何事においても、
絶望するよりは、
希望を持つ方がいい。
先のことなど誰にも分からないのだから。
カフカは言う
ああ、希望はたっぷりあります。
無限に多くの希望があります。
……ただ、僕らのためにはないんです。
希望はある。
でも、自分のものではない。
そう思うと、
無理に前を向かなくて済みます。
やらない理由を探さなくてもいいし、
できない理由を並べなくてもいい。
ただ、そういうものではなかった、
で終われる。
失敗するかもしれない。
向いていないかもしれない。
結局、何も残らないかもしれない。
こういう思考って、
止めようと思っても、止まらないんですよね。
一歩踏み出す前に、
終わったあとの感じまで見えてしまう。
笑われるかもしれない。
続かないかもしれない。
頑張ったわりに、何も変わらないかもしれない。
そう思うと、
「やりたい」より先に、
「別にいいか」が来る。
怖いというより、
ちょっと気持ちが下がる感じです。
「諦め」というほどでもなくて、
「絶望」というほどでもない。
ただ、少しずつ、
気持ちがそこから離れていく。
何かを始めた人を見ても、
「すごいな」より先に、
「大変そうだな」が来るとき。
そこまで賭けられることが、
もう別の世界の出来事に見える。
傷つくのが怖い、というより、
傷ついたところで、別に何も特別じゃないと知っている感じ。
うまくいかなくても、世界は止まらないし、
失敗しても、誰もそこまで覚えていない。
だから、無理に賭けなくていい。
……というところまで、すぐに考えが進む。
ここには希望がないわけじゃないです。
ただ、
希望のある側に、自分が入っている感じがしない。
それでも生活は続くし、
仕事もあるし、
時間も普通に過ぎていく。
そうなると、
何も始まらないことって、
問題というより、ただの現状になります。
いいとも思わないし、
悪いとも思わない。
ただ、そうなってるだけ。
こういう状態にいると、
「やれ!」とか「始めろ!」とかいう言葉は、
少し遠く感じる。
まだそんな言葉を信じられるのか、って思うときもあります。
否定したいわけではないです。
ただ、
自分はもうそこにいない気がする。
それでも、やっぱり、ときどきだけ
なんというか、
何かを始めた人を見たとき。
それがうまくいっていなくても。
途中で止まっていても。
理解はできます。
無理してるだけかもしれないし、
結局、何も残らないのかもしれない。
でも、
理解だけでは消えないものが、少し残る。
だから、スキで困る。
ほんとうに、困る。
後編に続く
