【関係】「100回の”わかる”より、1回の”共に泣く”」
◾️最初に
誰かに悩みを打ち明けたとき、
「あぁ、その気持ち、わかります」と言われたことはありませんか?
否定されたわけではない。むしろ、相手は優しい顔をしている。
それなのに、胸の奥に「なんか違うな」という小さな、けれど消えない違和感が残る。
「あ、この人には、私の本当の苦しさは届いていないんだ」
そう感じてしまった瞬間、心にスッと壁ができてしまう。
この違和感を放置していると、
「どうせ話してもムダだな」
「わかってもらえないなら、最初から言わないほうがマシ」
少しずつ人に頼ることを諦めてしまいます。
「気持ちはわかります」
私たちも、つい使ってしまう言葉ですよね。
相手が泣いているとき、力になりたいとき、沈黙が怖くなったとき。
むしろ、精一杯寄り添っている「正解の言葉」として、お守りのように使っているはずです。
でも、私たちが受け取る側になったとき、ふとこう思うことはないでしょうか。
「私のこの、眠れないほどの苦しさの、一体何がわかるの?」
少しキツい言い方かもしれませんが、これが本音だったりします。
なぜなら「わかる」という言葉は、
相手が勇気を出して差し出した「世界に一つしかないオーダーメイドの痛み」を、
“どこにでもある一般論”という箱に閉じ込めてしまうからです。無意識に…
共感しようと焦るほど、私たちは「結論」を急いでしまいます。
・どれほどの絶望感だったのか
・その時、どんな景色が見えていたのか
・本当はどうしたかったのか
そういった「相手だけのストーリー」に耳を傾けるプロセスをすっ飛ばして、「わかります」というハンコを押して、会話を終わらせてしまう。
寄り添っているつもりでも、相手には「私の気持ちを、雑に扱われた」という孤独感だけが残ってしまうのです。
◾️役に立つ聖書の言葉
では、どうすればいいのか。
実は、特別な心理学のテクニックや、気の利いた名言は必要ありません。
「それは、しんどかったですね」
「そんなことがあったら、無理もないですよ」
「自分が理解できたかどうか」という判断を一旦横に置いて、
相手が見ている景色をそのまま言葉にする。
ただそれだけで、心の届き方は劇的に、そして温かく変わります。
ここで、一冊の本から、時代を超えて愛されている言葉を引用させてください。
「喜ぶ人たちと共に喜び、泣く人たちと共に泣きなさい。」ーローマの信徒への手紙 12:15
この言葉は、「相手の気持ちを100%理解しなさい」とは言っていません。
「分析して正しい答えを出しなさい」とも言っていません。
ただ、その人が今いる場所に隣り合って、同じ温度の風に吹かれ、同じ重さの感情を分かち合う。
「理解」よりも先に「共感」がある。
それだけで十分なのだと教えてくれています。
◾️ 「わかる」を手放し、本物の共感へ
ただ、いざ実践しようとすると、こんな不安がよぎりませんか?
「具体的に、どんな言葉を足せばいいんだろう?」
「もし自分の返答が的外れで、余計に傷つけたらどうしよう……」
そう感じるのは、
あなたがそれだけ相手のことを、そして言葉というものを大切に思っている証拠です。
その慎重さは、優しさそのものです。
共感は、才能ではなく
「知っているか、いないか」の差です。
ここから先では、「わかります」を使わずに、
相手が「この人は自分を分かってくれている」と深く実感できるための具体的な方法をまとめています。
●相手の心にスッと届く「共感のバリエーション」
●「わかる」の代わりに使える、魔法のフレーズ集
●良かれと思ってやってしまう「心の距離を広げるNG行動」
ほんの少しのコツを知るだけで、あなたに向けられる相手の表情は驚くほど柔らかくなります。
大切な人との関係を、もっと温かくて、何でも話し合えるものにしたい方は、ぜひ続きを読んでみてください。
(聖書の言葉は私たちの生活に密着したものです。そのことを書いた記事はコチラ↓)
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