「本当は断りたいのに、また引き受けた…」あなたを縛っている“ある思い込み”
◾️最初に
頼まれると、断れない…
本当は余裕なんてない。
今日はもう疲れているし、自分の予定もある。
これ以上引き受けたら、明らかにキャパオーバー。
それなのに、
「大丈夫です」と答えてしまう。
そして電話を切ったあと、SNSを閉じたあと、
「なんで引き受けちゃったかな…」
と後悔する。
ーー
私自身もずっとそうでした。
仕事で、
「これ、お願いしてもいい?」と頼まれる。
その時、心の中では、
「いや、今日はもう無理だな」と思っている。
でも、口から出るのは、
「はい、大丈夫です」という言葉…
そのあと自分の仕事が終わらなくなって、
帰る時間が遅くなる。
疲れて帰ってきても、
「自分で引き受けたんだから仕方ない」
と、自分に言い聞かせる。
「○○さんならお願いできると思って」
と言われたこともありました。
その言葉を聞いてしまうと、
なぜか「断れない」と思ってしまいました。
「頼りにされているなら応えなきゃ…」
そう考えて、また引き受けてしまうのです。
でも、家に帰ってから、
「本当は断るとこだろう…」とため息をつく。
今振り返ると、
私は「頼まれたこと」が嫌だったわけではありません。
むしろ、人の役に立てることは嬉しかった。
苦しかったのは、
「断ったら、がっかりされるかもしれない」
「次から頼ってもらえなくなるかもしれない」
そんなことを、必要以上に気にしていたことでした。
だから、
「無理です」と言うより先に、
「どうすれば引き受けられるか」を反射的に考えていたんです。
ーー
これって、意外と経験したことありませんか?
本当は予定が入っているのに、
「時間をずらせばできるかな」と考える。
自分の仕事が残っているのに、
「先にこれをやってあげよう」と動いてしまう。
そして、引き受けたあとに、
「なんでまた自分が…」と思う。
でも、次に頼まれたら、また断れない…
周りからは、
「責任感がある人」
「優しくて頼りになる人」
そんなふうに見られているかもしれません。
だからこそ、余計に断れなくなる…
「この人ならやってくれる」
という期待が積み重なっていくからです。
そして、いつの間にか、
「頼られる自分でいなければならない」
と思うようになってしまう…
ーー
一度ここで自己吟味してみてください。
あなたは、
「人に頼られること」
が苦しいのでしょうか。
それとも、
「期待に応え続けなければならない」
と思っていることが、苦しいのでしょうか。
聖書には、こんな言葉があります。
「片手いっぱいの安らぎは、両手いっぱいの労苦と風を追うような努力に勝る。」―伝道の書 4:6
ここで語られているのは、
「頑張らないで手を抜け」ということではありません。
どれだけ頑張っても、心の中に安らぎがなければ、
その努力は自分を満たしてくれるとは限らない。
そんな現実を教えているように思います。
私たちは、
「頑張れば認めてもらえる」
「期待に応えれば嫌われない」
「頼られる自分でいれば価値がある」
と考えてしまいます。
でも、期待に応えれば応えるほど、
新しい期待がやってくる…
では…
なぜ、あなたはそこまでして
「期待に応えなければ」と思ってしまうのでしょうか?
そして、優しいままで、責任感を失わずに、
それでも自分を犠牲にしないためには、どうすればいいのでしょうか?
実は、「断れない人」には、
無意識に抱えている共通の思い込みがあります。
そこに気づかない限り、
相手が変わっても、職場が変わっても、状況が変わっても、また同じことを繰り返してしまいます。
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