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【正しさ】「正しさ」に疲れた人へ。聖書が教える“少しゆるめる生き方”

「なんでこんなにイライラするんだろう」

そう思ったこと、ありませんか?

私は正直、かなりありました。

・ルールを守らない人にイラッとする
・適当な仕事をする人が許せない
・ちゃんとやってる自分ばかり損してる気がする

気づけば、心のどこかでずっと
「それ違うでしょ」と思っている。

しかも、そのモヤモヤはだんだん強くなっていきます。

最初は「まあいいか」で流せていたことが、
気づけば「なんでそんなことするの?」という苛立ちに変わる。

そして、つい態度に出てしまったり、
心の中で相手を否定してしまう。

今振り返ると、あの頃の自分は
かなり“余裕がない状態”でした。

でも当時は気づけなかったんです。

なぜなら、
自分は「正しい側」にいると思っていたから。

ルールは守るべきだし、
仕事はちゃんとやるべきだし、
人に迷惑をかけるべきじゃない。

どれも間違っていない。

だからこそ厄介でした。

「正しいこと」をベースにしている分、
自分の中でブレーキが効かないんです。


でも、あるときふと気づきました。

「あれ、自分って人を裁いてないか?」

相手の事情も知らずに、
自分の基準だけで「正しい・間違い」を決めている。

そして、その基準に当てはまらない人を
心の中で切り捨てている。

その結果どうなったかというと、
一番しんどくなっていたのは、自分でした。

常にイライラして、
人といると疲れて、
余裕がどんどんなくなっていく。

正しいはずなのに、全然楽じゃない。

むしろ逆でした。

そんなときに出会ったのが、この聖書の言葉です。

「正しくありすぎてはならない。
賢すぎてはならない。
どうして自分を滅ぼしてよいだろうか。」


最初は正直、意味がわかりませんでした。

「正しいことって、いいことじゃないの?」と。

でも、この言葉の意味を考えていくうちに、
自分の見方が少しずつ変わっていきました。

この聖句が伝えているのは、
「正しくなるな」という話ではありません。

“正しさに支配されるな”というメッセージです。

ここを履き違えると、すごくもったいないです。

なぜなら、
このズレに気づかないままだと、

・人に気を遣いすぎて疲れる
・断れずに後悔する
・「正しいのに苦しい」状態が続く

こういう消耗が、ずっと終わらないからです。

逆に言えば、
ここを正しく理解できるだけで、
人との関わり方はかなり楽になります。

ただ、ほとんどの人は
「頭では分かっても、現実はそうはいかない」ところで止まります。

ここから先では、

・その場で飲み込まれないための考え方
・優しさを保ったまま、自分を守る線引き
・無理なく行動を変えていく具体的なコツ

を、できるだけシンプルにまとめています。

「分かってるのに変われない」を終わらせたい人だけ、読み進めてください。

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