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「産まないと決めた日」第4章

こちらは創作大賞2024に応募した作品であり、フィクションになります。
物語はプロローグ、第1章から始まり、第7章、エピローグまで続きます。noteでは7話にわけてアップしています。ぜひ最後までお楽しみください。

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第4章 巣立ち 

立つ鳥跡を濁さず

祖父の葬儀の後、佐伯家は少しずつ日常を取り戻していった。次兄も東京に戻り、長兄も自宅に戻っていった。
父と母の仲は完全に冷え切っていた。世間体と介護の為だけに形だけの結婚がなんとか続いているようなものだった。

父は海外の出張先にも愛人がいるなんていう噂話を耳にしたことがある。真実は知らないが…まぁありえそうな話である。
父は海外との取引のためと言って、ここ数年は何ヶ月も家を留守にすることがあった。なんでも海外の工場で父の会社の商品を作ってもらっているらしい。この好景気と地方活性という言葉のもと、長兄の口添えもあって、銀行も積極的に融資を行っているようだ。

父としては、現在銀行員をしている長兄に会社を継いでほしいようだが、長兄にその気はない。
なんなら、妻の実家近くに家を建て、義理の家族との方が上手くいっているようにも見える。子ども2人を義理の両親にお願いしながら、夫婦共働きといったところらしい。
二言目には「専業主婦になって介護を手伝ってほしい」といううちの実家に、兄の妻が訪れることはほとんどなかった。
祖父の葬儀でさえ、来客席で参列していたぐらいだ。「長男の嫁」という言葉を非常に嫌い、長兄自身もそれで良しとしていた。

「結婚の準備をすすめておけよ」
祖父の葬式の後、父は母にそう言い残して海外に出かけて行った。

そんな父を横目にあおいは「この町」を出ていく準備を着々と進めていた。母は祖母の介護に忙しく、あおいの不可思議な行動には全く気が付かない。「独身最後なんだから少しぐらいは好きにすればいい」そんな風に考えていたようだ。

あおいはそんな母を横目に、住まいと仕事先を決めるために東京と地元を往復していた。次兄の協力もあり、なんとか仕事も新居も決まった。保証人には次兄がなってくれた。
転職活動は短大卒が影響して、なかなか思う職には巡り合えなかった。求人条件の多くが、大卒以上になっているのだ。地方女性の大学進学率は世間が思っている以上に低い。地方女性が低賃金で地方に縛り付けられる理由は、こういうところにもあるのかもしれないと、あおいは大学の授業を思い出しながら考えていた。

最終的に転職先は、次兄の彼女の紹介で知り合った人に紹介して貰いなんとか決めることが出来た。東京での家賃と奨学金返済を考えると、生活に余裕が出来るほどのお給料ではなかったが、それでもあおいは新しい門出に胸を踊らせていた。

荷物に関しては、本当に必要なものだけを東京に送った。必要なものと言っても服と仕事に関する書籍ぐらいで段ボール数個に収まった。
「後は少しずつ東京でそろえよう」と考えていた。
どうしてもアルバムなど処分できないものだけは、本棚にそっと残していく事にした。いらないと思えば母が処分するだろう…そんなことを思いながら、過去を捨てるかのようにあおいは次々と処分していった。

後々次兄から聞いた話では、母はあおいもあきらめて結婚の準備をしてくれている…そんな風に思っていたらしい。

生まれ育った土地との別れ

東京行きは、父が海外出張に出た翌週にした。
前回、父の海外出張は2週間と短かったから、今回は3ヶ月ぐらいは戻ってこないはずだ。

向こうの女性とバカンスにでも出かけるつもりなんだろう。リゾートに持っていくようなものをウキウキ気分でスーツケースに詰め込んでいる父がいた。普段の準備は母親にさせているのに…あおいはそう思いながら、父の部屋の前を通り過ぎた。
海外に行く前に5日間ほど国内のあちこちを仕事で回り、家には戻らずに海外に行くらしい。父の姿も今日で見納めだ。

そしてあおい自身がこの町にいるのも後10日だ。

父とは5年以上冷戦状態だった。ほとんど話をすることはなかった。次に話をするのはいつになるのだろうか?そんな思いがあおいの脳裏をかすめたが、すぐに首を横にふった。
父も母もあおいがこの町を出ていくことに気が付いていない。娘は親の思う通りに生きてくれるはず、そう疑わずに信じているのだ。
仕事にいくのも後3日。職場の人は何も言わずに退職届を受理してくれた。

東京に引っ越すことが決まってから色々と準備を整えてきた。新しい携帯も契約してきた。こちらとのつながりは古い携帯の解約とともに全て消してしまうつもりだ。今はSNS等でのつながりが主流。電話番号でのつながりなんて面倒な親戚や親・兄弟だけではあるが。

いよいよ東京に出発する朝になった。
今日の今日まで本当に母は気が付いていないようだ。母は朝から祖母のデイサービスについていった。しばらくショートステイで祖母を預けたいらしくその相談らしい。祖母も話し相手のいるショートステイをすっかり気に入り、自宅よりそちらで過ごす事を好んでいた。

「今までありがとうございました」

そうひと言だけ書かれたメモを台所のテーブルに残し、呼んでおいたタクシーに乗り込み、あおいは家をあとにした。途中、最後の荷物を宅配業者に手渡し、向かいの携帯ショップで古い携帯を解約した。

「もうこの町に戻って来ることはないだろう」
そう小さく呟くと、東京に向かうための電車に乗り込んだ。

新しい生活

東京の住まいは1DKの小さな部屋だった。長兄と次兄に安全面だけは…と口うるさく言われ、駅に近い、治安の良さそうな場所にアパートを借りた。その結果、部屋の広さは妥協せざる負えなかったのだ。

それでもあおいは東京に出て来れたことに大満足だった。「ここから自分の人生を再スタートするんだ」そんな気持ちでいっぱいだった。
少しずつそろえようとしていた家具家電に関しては、長兄と次兄が引っ越し祝いにと用意してくれた。

あおいが転職した企業は、オーガニック商材を扱うベンチャー企業だった。共同代表が2人で事業を回していたが、事業拡大のために海外とのやり取りが出来る人材を探していたらしい。
あおいは右も左もわからないまま、必死に仕事を覚えて、朝から夜遅くまで働き続けた。
この会社では、男性も女性も関係なかった。求められるのは仕事に対する能力だけ。あおいはそれが嬉しくて仕方なかった。

「ここでは頑張ったら頑張った分だけ評価されるんだ」そう思うと、残業も休日出勤も苦にならなかった。

気が付けば東京に出てきて1年が経っていた。
仕事に慣れ始めた頃、朝活で一人の男性と知り合った。何度かデートを重ねるうちに、いつしか付き合うようになっていた。
彼も地方出身であり、良くも悪くも育ってきた環境が似ていた。育ってきた環境が似ていたからこそ、話していても気軽だった。ただ時折、彼からあおいの住んでいた町と同じ特有の価値観を感じることがあった。

彼とは結婚は出来ない‥‥そんな風に思っていた時に、彼からプロポーズされた。そして、「町おこしのために地元に帰りたい。一緒に来てほしい」と言われた。
あおいは東京を離れるつもりはなかった。何より、窮屈な地方には戻りたくなかった。地方で結婚すれば我慢の人生。そんな人生を歩みたいとは思わなかった。

気が付けば、彼との喧嘩が増え、最終的には彼と別れることになった。
彼と別れたことにあおいは何の後悔もなかった。と同時に、結婚前提のお付き合いはもうしないと心に誓ったのだ。

そんな最中、祖母が亡くなったと次兄から連絡があった。一瞬葬儀に帰ろうか迷ったが、あおいは首を横にふった。
「もう私は地元には戻らないって決めたんだから…」
そう呟き、実家のある方角を見つめながら、心の中で祖母の冥福を祈った。

自分の夢

彼と別れたことをキッカケにあおいはさらに仕事に打ち込んだ。と同時に5年前に果たせなかった、4年制大学編入のための勉強に励んだ。

時代の流れなのか、はたまた東京という場所柄なのか、あの当時より多くの選択肢があった。最終的には、働きながらということもあり、夜間授業、オンライン学習、を積極的に取り入れている大学の3年時に編入することにした。

時は2020年。あの感染症の流行が始まった年でもあった。緊急事態宣言が発令され、大学へ登校することは出来なかった。ただ大学の対応は早かった。素早く全ての授業をオンラインに切り替えたのだ。

と同時に、海外との取引が中心だったあおいの仕事もピタリと止まってしまった。というより世界中の経済が止まってしまったのだ。あおいも自宅待機になった。国からの雇用調整助成金でなんとか最低限の所得が保証されている状態だった。

「この先、どうなるのだろうか?」そんな不安があおいの脳裏をかすめたが、共同代表の2人は、「今のうちに勉強しておくように。また忙しくなるよ」と笑いながら言った。流行が落ち着けばまた忙しくなる、当時は誰もがそう思っていたのだった。

ただ私たちの予想に反して、感染症の流行は一向におさまることはなかった。それ以上に流行状況は日に日に悪化しているようだった。ワクチンも無ければ薬もない。感染してしまうと、後は本人の体力次第だった。
世界で多くの死者が報告され、日本でも死亡報告を聞くことが増えていった。誰もが感染症におののき家から出なくなっていた。

あれだけ人が多く往来していた東京の街ですら、外に出ている人はすっかり減ってしまっていた。エッセンシャルワーカーと呼ばれるどうしても出社が必要な人が通勤しているぐらいだった。
それでも日本はまだマシだった。最低限の買い物や外出は可能だったし、感染すれば治療も受けられた。ただ世界は違った。外出禁止令がでる国もあり、治療すら充分に受けられない国もあった。

世界の全てが黒い雲におおわれてしまったようだった。ただ「明けない夜はない」と、あおいは信じていた。
時間のある間にと積極的に大学の授業を受け単位を取得していった。あおいは仕事との兼ね合いも考えて、編入した大学を3年かけて卒業する予定だったが、気が付けば2年で必要な単位を全て取得していた。

2021年からワクチン接種もスタートし、少しずつではあるが感染症対策をしながら、日常が戻りはじめていた。ただあおいが勤めている会社へのダメージは計り知れなかった。代表たちは何も言わなかったが、あおい自身も薄々会社の終わりを感じていた。

そんなある日、あおいは共同代表2人に呼ばれシェアオフィスに向かった。通された個室には、共同代表2人とともに一人の女性が座っていた。その女性は、この業界で働いていれば、一度は名前を聞いたことのある会社の名刺をあおいに差し出した。

感染症は収束宣言とはいかないものの、世界でも少しずつ落ち着きを取り戻しはじめ、ビジネスの往来も以前ほどではないものの戻り始めたていた。
その女性は、新しい事業の準備に一緒に取り組んでくれる社員を探していた。あおいは悩んだが、最終的には代表2人の勧めもあり、誘われた会社へ転職した。

その後、あおいのいた会社は別会社に事業を買い取られたことを風の噂で知った。あおいを誘ってくれた会社は、本当は代表を誘う予定だったらしい。ただ代表2人は事業の最後を見届け、次の事業を立ち上げたいと言って断り、かわりにあおいを推薦したと聞いた。

そんな噂話から数ヶ月たったある日の夜、あおいは前の会社の代表2人に誘われ食事にいった。
売却先の会社への事業引継ぎも無事に終わり、2人は次の事業を求めてアフリカにいくといっていた。アフリカの商品を適正価格で日本に販売する、児童労働をなくす、あおいが学生時代に求めたことだった。

あおいもその事業に携わりたかった…と心の底でつぶやいた。
そんなあおいの心の声が聞こえたのか、代表の一人が語り始めた。
「あおいがいる会社でも同じことは出来る。だからまずは今の会社で頑張ってみた方がいい。あなたをこれ以上、不安定な職場環境で働かせることはできない。でも私達は雇われる働き方は出来ない。自分達でゼロから事業を作り上げたいんだ」と

そんな代表の熱い思いを聞きながら、3人の会話は夜更けまで繰り広げられた。
「この人達の元で働けてよかった」
あおいは心の底からそう思うのだった。

その後、あおいは新しい職場で海外と日本を行き来する生活を送っていた。恋愛にも結婚にも妊娠・出産にも興味はなかった。ただただ仕事が楽しかった。
都会にいれば、結婚しない・子どもを持たない選択肢を否定されることもない。あおいはこのまま生涯仕事と共に、海外を往復しながら、この街で生きるつもりでいた。

第5話はこちら



#創作大賞2024 #オールカテゴリ部門

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