山川捨松に聞く🎤城は落ちても、未来までは明け渡さない――敗戦した会津の少女が、なぜアメリカへ渡ったのか🔯千夜一夜物語第163夜
【千夜一夜物語の行先】
英語を身につけるには洋書の多読が効果的ですが、難易度差が大きく、途中で挫折しやすいものです。この「千夜一夜物語」はCEFR A2レベルから始め、歴史人物へのインタビュー形式で、物語を楽しみながら英語を自然に定着させることを目的としています。
山川捨松は1860年、会津藩家老の家に生まれました。幼い時に会津戦争による敗北を経験し、そのわずか数年後の1871年、岩倉使節団に随行する日本最初の女子留学生5人の一人としてアメリカへ渡りました。11歳でした。その後ヴァッサー大学へ進学し、1882年に卒業。日本人女性として初めてアメリカの大学で学士号を取得した人物として知られています。(国立国会図書館)
帰国後は大山巌と結婚し、社会活動、看護、女子教育に関わり、津田梅子が設立した女子英学塾の支援にも力を尽くしました。会津の敗北によって古い世界を失った少女が、新しい世界から学び、その知識を日本女性の未来へつなげていった人生でした。(国立国会図書館)
以下は、これらの史実をもとに構成した創作インタビューです。
【英文ストーリー】
千夜一夜物語 第163夜 CEFR A2〜B1 英文ストーリー約680 words
◆ Aizu, 1868. Smoke hangs over the castle town. A little girl hears gunfire and sees adults preparing for defeat. Three years later, she is told that she may cross the Pacific and study in America.
◇ My name is Yamakawa Sutematsu. I was born into a samurai family of Aizu. I was still a child when the Boshin War reached my home. Our side lost, and the world I knew changed completely.
◆ After such a defeat, why did you agree to study abroad under the new Meiji government?
◇ Because defeat did not end the future.
My family had lost status and security, but we had not lost the ability to learn. If I remained only inside the pain of the past, I would never discover what the new age might offer.
A lost battle does not have to become a lost life.
◆ You were only eleven when you left Japan.
◇ Yes. I traveled with four other girls as part of the Iwakura Mission. None of us knew what life in America would be like.
My mother gave me the name Sutematsu. It carried the feeling of sending a child away while waiting for her return.
That name stayed with me across the ocean.
◆ Were you afraid of losing your Japanese identity?
◇ I was more afraid of failing to learn.
At first, English was strange. American food, clothing, homes, schools, and customs were different. But children learn by living. Little by little, English became the language of my daily life.
I did not learn America from a book. I learned it by living inside it.
◆ You later entered Vassar College.
◇ Yes. I studied there and graduated in 1882. I learned many subjects. I also saw women speaking confidently in classrooms and expecting education to shape their future.
That experience changed what I believed Japanese women could do.
◆ You also studied nursing.
◇ Yes. I learned that education was not only for personal success. Knowledge could be used to care for people in pain.
That idea stayed with me after I returned to Japan.
◆ Did America make you forget Aizu?
◇ No. A person can carry more than one world inside.
I could remember the defeat of Aizu and still learn from another country. Learning from someone does not mean surrendering your memory to them.
To learn from a new world, you do not have to erase the old one.
◆ When you returned to Japan, did the country immediately welcome your education?
◇ Not in the way I had imagined.
Japan had sent girls abroad to study, but there were still few places where an educated woman could fully use what she had learned.
Japan wanted Western knowledge, but it was not always ready for Western-educated women.
◆ So what did you do?
◇ I used the position available to me. After marrying Oyama Iwao, I became active in social life, nursing, charity, and women’s education. Later, I supported Tsuda Umeko and her work in women’s education.
I could not change Japanese society alone, but I could help open more doors.
◆ Did your years in America have meaning after all?
◇ Yes, but not because I became “American.”
The important thing was that I learned to compare two societies. Once you have seen that people can live differently, you stop believing that the present way is the only possible way.
Education gives us not only knowledge, but also another picture of what life could become.
◆ What would you say to an English learner today?
◇ Do not be afraid when English feels like a foreign country.
At first, you may understand only a little. Keep reading. Keep listening. Read aloud. Let the language become familiar through repeated contact.
You do not need to abandon Japanese to enter English.
Another language does not take your world away. It gives you another window from which to see it.
◆ Evening falls over the Pacific. Behind the young girl lies a defeated castle. Ahead of her is a country she cannot yet understand.
She carries no sword.
Only a small bag, an unfamiliar language, and a future that has not yet been decided.
【日本語訳】
◆ 1868年、会津。城下町には煙が立ちこめています。一人の少女が銃声を聞き、大人たちが敗北に備える姿を見ています。その3年後、少女は太平洋を渡り、アメリカで学んでみないかと告げられます。
◇ 私は山川捨松です。会津の武士の家に生まれました。戊辰戦争が故郷へ及んだ時、私はまだ子どもでした。私たちの側は敗れ、私が知っていた世界は完全に変わりました。
◆ それほど大きな敗北を経験した後、なぜ新しい明治政府のもとで海外留学することを受け入れたのでしょうか。
◇ 敗北したからといって、未来まで終わるわけではなかったからです。
私の家族は身分や安定を失いました。しかし、学ぶ力まで失ったわけではありません。過去の苦しみの中だけにとどまっていたら、新しい時代にどんな可能性があるのか知ることはできなかったでしょう。
戦いに負けたからといって、人生まで失われる必要はありません。
◆ 日本を出た時、まだ11歳でした。
◇ はい。岩倉使節団の一員として、ほかの4人の少女たちとともに渡米しました。アメリカでどのような生活が待っているのか、誰にも分かりませんでした。
母は私に「捨松」という名前を与えました。そこには、娘を手放すような思いで送り出しながら、その帰りを待つという気持ちが込められていました。
その名前を、私は海の向こうまで持っていきました。
◆ 日本人としての自分を失うことは怖くなかったのでしょうか。
◇ それよりも、十分に学べないことの方が怖かったです。
最初、英語は不思議な言葉でした。アメリカの食べ物、服装、家、学校、習慣はどれも違っていました。しかし子どもは、生活しながら学んでいきます。少しずつ、英語は私の日常生活の言葉になっていきました。
私は本からアメリカを学んだのではありません。アメリカの中で暮らすことによって学んだのです。
◆ その後、ヴァッサー大学へ進学しました。
◇ はい。そこで学び、1882年に卒業しました。さまざまな科目を勉強しました。そして、教室で女性たちが自信を持って発言し、教育によって自分たちの未来を形づくろうとしている姿も見ました。
その経験によって、日本女性に何ができるのかについての私の考えは変わりました。
◆ 看護も学びましたね。
◇ はい。教育は自分自身が成功するためだけのものではないと学びました。知識は、苦しんでいる人を助けるためにも使うことができます。
その考えは、日本へ戻った後も私の中に残りました。
◆ アメリカで暮らしたことで、会津を忘れてしまったのでしょうか。
◇ いいえ。人は、自分の中に二つ以上の世界を持つことができます。
私は会津の敗北を覚えながら、別の国から学ぶこともできました。誰かから学ぶということは、自分の記憶までその人に明け渡すことではありません。
新しい世界から学ぶために、古い世界を消し去る必要はないのです。
◆ 日本へ帰った時、その教育はすぐに歓迎されたのでしょうか。
◇ 私が想像していたようにはいきませんでした。
日本は少女たちを海外へ送り出して学ばせました。しかし帰国した高い教育を受けた女性が、学んだことを十分に生かせる場所は、まだほとんどありませんでした。
日本は西洋の知識を求めていました。しかし、西洋式の教育を受けた女性を受け入れる準備までは、十分にできていなかったのです。
◆ それでは、どうしたのですか。
◇ 私に与えられた立場を利用しました。大山巌と結婚した後、社交活動、看護、慈善活動、女子教育などに関わりました。その後、津田梅子の女子教育の活動も支援しました。
私一人で日本社会を変えることはできません。しかし、さらに多くの扉を開く手助けならできました。
◆ アメリカで過ごした年月には、やはり意味があったのでしょうか。
◇ はい。しかし、それは私が「アメリカ人になった」からではありません。
大切だったのは、二つの社会を比較できるようになったことです。人間には別の生き方もあると一度知れば、今ある生き方だけが唯一可能なものだとは思わなくなります。
教育は知識だけでなく、人生がどのようなものになり得るのかという、もう一つの姿を見せてくれます。
◆ 現代の英語学習者には、何と言いますか。
◇ 英語が外国のように感じられても、怖がらないでください。
最初は、ほんの少ししか分からないかもしれません。それでも読み続けてください。聞き続けてください。声に出して読んでください。何度も触れることで、その言葉を自分にとって身近なものにしてください。
英語の世界へ入るために、日本語を捨てる必要はありません。
別の言葉は、あなたの世界を奪うものではありません。自分の世界を見るための、もう一つの窓を与えてくれるのです。
◆ 太平洋に夕暮れが訪れます。少女の後ろには、敗れた城があります。その前には、まだ理解することのできない国があります。
少女は刀を持っていません。
持っているのは小さな荷物と、まだ知らない言葉、そして、まだ決まっていない未来だけです。
【音読・多読のポイント】
今回は、敗北と再出発、異文化の中で学ぶこと、二つの世界を自分の中に持つこと、女子教育がテーマです。捨松を「日本を捨てて西洋化した女性」としてではなく、会津の記憶を持ちながら新しい世界を学び、その経験を日本社会へ持ち帰った人物として読んでください。
A lost battle / does not have to become / a lost life.
敗れた戦いが/そのまま/失われた人生になる必要はない。
I did not learn America from a book. / I learned it / by living inside it.
私は本からアメリカを学んだのではない/私は学んだ/その中で暮らすことによって。
To learn from a new world, / you do not have to erase / the old one.
新しい世界から学ぶために/消し去る必要はない/古い世界を。
Education gives us not only knowledge, / but also another picture / of what life could become.
教育は知識だけでなく与えてくれる/もう一つの姿を/人生がどのようになり得るのかという。
Another language does not take your world away. / It gives you another window / from which to see it.
別の言葉はあなたの世界を奪わない/もう一つの窓を与える/その世界を見るための。
study abroad、little by little、care for、open more doors、keep reading、through repeated contactは、一語ずつではなく意味のまとまりとして音読してください。
【語句の解説】
prepare for defeat:敗北に備える。prepare for ~で「~に備える」という重要なチャンク。
用例:The people prepared for defeat.(人々は敗北に備えました。)
study abroad:海外留学する。abroadは「外国へ、外国で」という意味。
用例:She decided to study abroad in America.(彼女はアメリカへ留学することを決めました。)
status and security:身分と安定。statusは社会的な地位、securityは生活などの安定を表す。
用例:The family lost its status and security after the war.(その家族は戦争後、身分と安定を失いました。)
little by little:少しずつ。急にではなく、時間をかけて変化していくことを表す。
用例:Her English improved little by little.(彼女の英語は少しずつ上達しました。)
shape one’s future:未来を形づくる。shapeは名詞の「形」だけでなく、動詞で「形づくる」という意味でも使う。
用例:Education can shape your future.(教育はあなたの未来を形づくることができます。)
care for:~の世話をする、~をいたわる。看護や福祉について話す時によく使うチャンク。
用例:She learned how to care for sick people.(彼女は病人を看護する方法を学びました。)
carry more than one world inside:自分の中に二つ以上の世界を持つ。複数の文化や価値観を同時に自分の一部として持つことを表す比喩。
用例:People who live abroad may carry more than one world inside.(海外で暮らす人は、自分の中に複数の世界を持つことがあります。)
surrender one’s memory:自分の記憶を明け渡す。surrenderは「降伏する、明け渡す」という意味で、ここでは戦争のイメージを使った比喩。
用例:Learning from others does not mean surrendering your memory.(他人から学ぶことは、自分の記憶を明け渡すことではありません。)
erase the old one:古いものを消し去る。eraseは文字を消すだけでなく、記憶や文化を消す場合にも使える。
用例:A new culture does not need to erase the old one.(新しい文化が古い文化を消し去る必要はありません。)
the position available to me:自分に与えられた立場、自分が利用できる立場。理想的な状況でなくても、現在ある条件を使うというニュアンス。
用例:She used the position available to her to help others.(彼女は自分に与えられた立場を使って人々を助けました。)
open more doors:より多くの扉を開く。実際の扉ではなく、ほかの人に新しい機会を作るという比喩。
用例:Education can open more doors for young women.(教育は若い女性たちに、より多くの機会を開くことができます。)
repeated contact:繰り返し触れること。語学では、同じ言葉や表現に何度も出会うことを指す。
用例:English becomes familiar through repeated contact.(英語は繰り返し触れることで身近になります。)
take your world away:あなたの世界を奪う。本文では、新しい言語を学んでも自分の母語や文化が失われるわけではないという意味。
用例:Learning English will not take your world away.(英語を学んでも、あなたの世界が奪われるわけではありません。)
another window from which to see it:それを見るための、もう一つの窓。第二言語を通じて自分の社会や世界を別の角度から見ることを表す比喩。
用例:A new language gives us another window from which to see the world.(新しい言葉は、世界を見るためのもう一つの窓を与えてくれます。)
