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道元に聞く🎤ただ座るだけで、人は変わるのか🌙千夜一夜物語第140夜 日本語版


都を離れた禅僧

鎌倉時代。
日本の中心は、貴族の都・京都から、武士の時代へと移りつつあった。

その時代に、ひとりの僧が中国へ渡った。
名は道元。

彼は、新しい経典を大量に持ち帰ったわけではない。
ありがたい仏像を持ち帰ったわけでもない。

持ち帰ったものは、ただ一つ。

坐ること。

ひたすら坐る。
ただ坐る。
何かを得るためではなく、坐ることそのものを仏道として生きる。

これが、のちに曹洞宗の中心となる只管打坐の精神である。

道元は帰国後、京都の深草に興聖寺を開き、『普勧坐禅儀』『正法眼蔵』『典座教訓』などを著した。永平寺の公式説明でも、道元は帰国後に『普勧坐禅儀』を記し、深草に興聖寺を開いたとされている。(大本山永平寺)

インタビュー開始

――道元禅師、本日はお話をうかがいます。まず、あなたにとって坐禅とは何ですか。

道元:
坐禅とは、心を落ち着かせる技術ではありません。

――技術ではない。

道元:
そうです。何かを得るための手段でもありません。
坐ることそのものが、仏の行いなのです。

――現代人は、すぐに結果を求めます。坐禅をすれば集中力が上がるとか、ストレスが減るとか。

道元:
それは副産物にすぎません。
花を咲かせるために根を引っ張る人はいないでしょう。

――なるほど。坐禅は、根を育てるようなものですか。

道元:
いや、根を育てることさえ忘れて、ただ土にいることです。

ただ座るとは、何もしないことではない

――「ただ座る」と聞くと、何もしないように見えます。

道元:
外から見れば、そう見えるでしょう。
しかし、ただ坐るとは、逃げないということです。

――何から逃げないのですか。

道元:
自分の心からです。
怒り、不安、欲、焦り、見栄。
それらを押さえつけるのではない。
追いかけるのでもない。
ただ、そこにあるものとして見る。

――現代人には、かなり厳しいですね。

道元:
だから坐るのです。
忙しい人ほど、自分から逃げる時間が長い。

日常生活そのものが修行である

――道元禅師の教えで面白いのは、坐禅だけでなく、食事を作ること、掃除すること、生活全体を修行と見た点です。

道元:
坐っている時だけが仏道なら、立った瞬間に仏道は消えてしまいます。

――たしかに。

道元:
飯を炊く。
水を汲む。
床を拭く。
人に挨拶する。
その一つひとつに、心のあり方が出ます。

――つまり、雑用は雑ではない。

道元:
雑に行えば、雑用になります。
丁寧に行えば、仏道になります。

曹洞宗の公式説明でも、教えの根幹は坐禅にありながら、道元は坐禅だけでなく、すべての日常行為に坐禅と同じ価値を見いだしたと説明されている。(曹洞宗 曹洞禅ネット SOTOZEN-NET 公式ページ)
また、道元は『典座教訓』で、禅寺の食事係である典座の心得を説いた。曹洞宗の解説では、典座の仕事もまた一つの仏道修行として位置づけられている。(曹洞宗 曹洞禅ネット SOTOZEN-NET 公式ページ)

なぜ福井の山にこもったのか

――道元禅師は、京都で活動した後、越前、つまり現在の福井県へ移ります。なぜ都を離れたのですか。

道元:
都には、名声があります。
権力があります。
人も集まります。
しかし、仏道に必要なものが、いつもそこにあるとは限りません。

――京都ではなく、山を選んだ。

道元:
仏法を飾りにしてはならない。
本当に修行する者を育てるには、静かな場所が必要でした。

――福井の山に移った理由は、単なる隠遁ではなかったのですね。

道元:
逃げたのではありません。
守るために離れたのです。

道元が越前へ移った背景には、俗弟子であった波多野義重の招きがあった。永平寺の公式説明では、道元は四十三歳ごろ、波多野義重の招きにより越前へ赴き、翌年に大仏寺を開き、のちに永平寺と改称したとされている。(大本山永平寺)
曹洞宗の公式ページでも、永平寺は1244年、道元が波多野義重の願いによって越前に大仏寺を建立し、2年後に永平寺と改めたことに始まると説明されている。(曹洞宗 曹洞禅ネット SOTOZEN-NET 公式ページ)

ただし、越前行きの理由は一つではない。
福井県史では、波多野義重の勧誘に加えて、達磨宗系の人々の勧めや越前に関係する人脈も背景にあったと考えられている。また、越前入国はかなり計画的に進められていた可能性があるとも指摘されている。(福井県立図書館アーカイブス)

つまり、道元が福井の山にこもった理由は、単なる世捨てではない。

都の権威から距離を置き、純粋な修行道場を作るためだった。
支援者がいたから移れた。
そして、山は逃避の場所ではなく、仏道を本気で継ぐための場所だった。

永平寺という実験場

――越前で開いた永平寺は、どのような場所だったのでしょうか。

道元:
寺とは、建物ではありません。
人がどう生きるかを整える場所です。

――修行道場ですね。

道元:
そうです。
坐禅だけではなく、食事、掃除、入浴、用便に至るまで、すべてに作法があります。
人は、特別な瞬間だけでなく、日常の所作によって作られるからです。

永平寺は現在も曹洞宗の大本山の一つであり、福井県永平寺町にある。曹洞宗公式ページでは、永平寺と總持寺を曹洞宗の両大本山とし、両大本山は曹洞宗寺院の根本であり信仰の源であると説明している。(曹洞宗 曹洞禅ネット SOTOZEN-NET 公式ページ)
また、永平寺町の解説では、永平寺は道元によって開かれた坐禅修行の道場であり、修行僧の規則である清規を道元が定めたとされている。(永平寺)

ただ座るだけで、人は変わるのか

――最後に、この記事のタイトルでもある問いをお聞きします。ただ座るだけで、人は変わるのでしょうか。

道元:
「変わろう」と思って坐るうちは、まだ変わりません。

――厳しいですね。

道元:
変わることを目的にすると、今の自分を否定することになります。
坐禅は、今の自分から逃げないことです。

――では、変わらなくてよいのですか。

道元:
逃げなければ、自然に変わります。
水は、静かになれば、月を映します。

――現代人へのメッセージをお願いします。

道元:
速く進むことばかり考えるな。
まず、正しく坐りなさい。
正しく食べなさい。
正しく働きなさい。
正しく休みなさい。

人生は、大きな決断だけでできているのではありません。
毎日の小さな所作でできています。

おわりに

道元のすごさは、禅を神秘的な体験だけに閉じ込めなかったことにある。

悟りとは、どこか遠い山奥にだけあるものではない。
しかし道元は、あえて福井の山に入った。

それは、世の中を捨てるためではない。
世の中に流されない場所で、本当に大切なものを守るためだった。

ただ座る。
ただ食べる。
ただ掃除する。
ただ生きる。

そこに、余計な飾りをつけない。
それが簡単そうで、いちばん難しい。

道元は、こう語っているように思える。

人は、特別な何かになることで救われるのではない。
今していることを、まっすぐ行うことで、自分の足元から変わっていく。

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