見出し画像

⚖️ 税務実務の読み解きノート📒粉飾された会社の株を相続したら――相続税は“見せかけの利益”にも反応するのか


まえがき

「先生、粉飾決算で株価が高くなっていた会社の株を相続したら、相続税は下げられるのですか」
ミカが、少しドラマの匂いがする資料を開いた。
教授は眼鏡を直して答えた。
「下げられる可能性はあります。ただし、税務では“粉飾していました”だけでは足りません」
「えっ、粉飾があったのにですか」
「はい。税務署と裁判所は、ドラマの告白シーンより、帳簿・伝票・明細を重視します」
「粉飾にも証拠が必要」
「そのとおりです。見せかけの利益を消すには、見せかけでない証拠が必要です」
今回取り上げるのは、大阪地裁令和4年5月12日判決です。
もともと国税不服審判所でも争われ、令和2年5月11日に審査請求は棄却されています。その後、原告が訴訟を起こしましたが、裁判所も原告の請求を棄却し、判決は確定しています。

1 事件の概要

被相続人は、建築用木材製品の販売等を行うA社を経営していました。
相続人である原告は、被相続人が持っていたA社株式を相続し、相続税を申告しました。
当初申告では、A社株式の評価額は1株4,368円とされました。
ところが、その後、A社について過去の粉飾決算が明らかになります。
原告は、A社が平成14年2月期から平成21年2月期まで、利益水増しなどの粉飾決算を行っていたため、相続税申告時の株式評価額が過大だったと主張しました。
そして、本来の株価は1株727円だったとして、相続税の更正の請求をしました。
ミカが言った。
「先生、1株4,368円が727円になるなら、かなり大きいですね」
教授がうなずいた。
「はい。相続税の世界では、株価の数字が変わると、税額が一気に動きます」
「粉飾決算が、相続税にまで影を落としたわけですね」
「まさに“決算書の亡霊”です」
しかし、岸和田税務署長は、更正すべき事実が確認できなかったとして、更正を認めませんでした。
原告はこれを不服として、国税不服審判所、さらに裁判所で争いました。

2 裁決・訴訟での争点

争点はシンプルです。
当初申告の株式評価額は、粉飾決算により過大だったのか。
もう少し実務的に言えば、A社の貸借対照表に記載されていた資産の一部が、相続開始時点で実在しない、または資産性のないものだったと証明できるかです。
国税通則法上、更正の請求をする場合、いったん自分で申告した内容が誤っていたことを、納税者側が証明する必要があります。
裁判所も、一度申告した以上、正しい課税標準や税額を納税者自らが証明すべきという判断枠組みを示しました。
ミカが言った。
「つまり、“申告したけど、あとから違っていました”と言うなら、その違っていたことを自分で証明しなさい、ということですね」
教授が答えた。
「そのとおりです」
「税務署が全部調べてくれるわけではない」
「はい。更正の請求は、税務署へのお願いではなく、証拠を添えた修正提案です」

3 原告の主張

原告の主張は、かなり切実です。
A社では、平成14年2月期から平成21年2月期まで、総額4億2,500万円に及ぶ粉飾決算が続いていた。
その影響で、平成25年2月期末の貸借対照表にも誤りが残っていた。
具体的には、受取手形・売掛金・不渡手形などの売上債権、棚卸資産、仕入債務などについて、合計約3億8,993万円の修正が必要である。
したがって、当初申告で使ったA社株式の評価額は過大であり、相続税も過大だった。
原告は、正しい税額は25万8,900円で、当初申告による税額1,838万2,400円は高すぎると主張しました。
ミカが言った。
「原告からすると、“粉飾で膨らんだ決算書をもとに相続税を払わされた”という感覚ですね」
教授が答えた。
「そうです。気持ちはよく分かります」
「会社の利益が見せかけなら、株価も見せかけ。だから相続税も見直してほしい」
「理屈としては自然です。ただし、裁判で勝つには、自然な話だけでは足りません」
「証拠ですね」
「はい。ここでドラマは法廷に入ります」

4 被告・国の主張

被告である国の主張は、冷静です。
更正の請求は、申告納税制度の例外である。
したがって、当初申告が誤っていたこと、そして更正後の税額が正しいことは、原告が証明しなければならない。
しかし、原告が提出した粉飾一覧表は、帳簿や伝票に裏付けられたものではない。
粉飾の内容を記録していたとされる手帳も、すでに廃棄されている。
公認会計士の調査報告書案も、帳簿・仕訳データなどの客観資料に基づくものではなく、資料の制約がある。
したがって、粉飾の具体的な内容や金額は明らかでない。
結果として、A社株式の評価額を減額することはできない。
国は、粉飾があったかもしれないことと、相続税をいくら減らすべきかを証明できることは別だと主張したわけです。
ミカが言った。
「税務署側は、“粉飾っぽい話はある。でも、数字として確定できない”という立場ですね」
教授が答えた。
「そのとおりです」
「粉飾の影は見える。でも、影の長さが測れない」
「うまいですね。税務では、影だけでは評価額を下げられません」

5 裁判所の判断

裁判所は、原告の請求を棄却しました。
ただし、裁判所は、粉飾決算の存在を完全に否定したわけではありません。
むしろ、A社で不正な経理が行われていたこと自体は認めています。
しかし、問題はそこからです。
裁判所は、粉飾一覧表について、帳簿や伝票といった客観性の高い裏付資料を欠き、不正経理の具体的内容や金額を明らかにするものとはいえないと判断しました。
また、公認会計士の調査報告書案についても、過去の粉飾決算の状況資料に基づいて作成されたものの、資料の制約から分析不能な部分があり、金額の一致しない点や不自然な点があるとされました。
さらに、原告が行った推計についても、合理的な根拠を伴うものとはいえないと判断されています。
ミカが言った。
「つまり、裁判所は“粉飾はあったかもしれない。でも、その金額を相続税計算に使えるほど正確には証明されていない”と見たのですね」
教授がうなずいた。
「はい。まさにそこです」
「粉飾の事実と、株価減額の計算は別物」
「そのとおりです」
「決算書のウソを暴くだけでは足りない。評価明細書で使える数字にしなければならない」
「実務の核心です」
結論として、裁判所は、岸和田税務署長の「更正をすべき理由がない旨の通知処分」を適法とし、原告の請求を棄却しました。
日本法令の紹介記事でも、粉飾の事実は認められるものの、帳簿や伝票といった客観的資料が存在しないため、株式評価を減額できないと判断された事例として整理されています。

6 この事件のドラマ性

この事件の怖さは、粉飾した本人だけで終わらないところです。
粉飾決算で会社の利益や純資産が大きく見える。
その決算書をもとに、非上場株式の評価額が高くなる。
その株式を相続した人が、高い相続税を申告する。
後になって、「あの利益は見せかけだった」と分かる。
しかし、その時には帳簿も伝票も残っていない。
ミカが言った。
「先生、これはかなりつらいですね。相続人からすると、粉飾のツケだけが回ってきたように見えます」
教授が答えた。
「そうです。ただ、裁判所は同情だけでは税額を動かせません」
「税務の法廷では、涙より資料」
「かなり厳しいですが、正確です」
粉飾決算は、会社をよく見せるための化粧かもしれません。
しかし、税務では、その化粧が相続税評価にまで影響します。
しかも、あとから化粧を落とそうとしても、クレンジングシート、つまり帳簿・伝票・仕訳データがなければ落とせない。
粉飾決算の本当の怖さは、過去のウソが、未来の相続人の税額にまで座り込むことです。

7 税理士としての意見

税理士として見ると、この事件の結論は厳しいですが、実務上は納得できます。
相続税の更正の請求で株式評価額を下げるには、単に「粉飾があった」と言うだけでは足りません。
どの事業年度に、どの勘定科目で、いくら水増しされたのか。
その水増しが、相続開始時点の純資産価額にどう残っていたのか。
受取手形、売掛金、棚卸資産、買掛金などの各科目について、具体的にどの金額を修正すべきなのか。
その結果、株式評価額がいくらになるのか。
ここまで客観資料でつなぐ必要があります。
ミカが言った。
「つまり、粉飾の告白ではなく、粉飾の解剖が必要なのですね」
教授が答えた。
「そのとおりです」
「どこを、いくら、どう直すか」
「はい」
「そして、それを帳簿や伝票で証明する」
「まさに実務です」
私なら、同じ相談を受けた場合、まず次の資料を探します。
過年度の総勘定元帳。
仕訳データ。
請求書。
売上伝票。
棚卸表。
受取手形・売掛金の内訳。
入金記録。
銀行口座の取引明細。
買掛金・支払手形の内訳。
税務申告書と決算書の推移。
会計士や第三者調査報告書。
経理担当者のメモだけでは弱いです。
記憶やメールだけでも弱いです。
税務署や裁判所を動かすには、数字が客観資料でつながっていることが必要です。

8 実務上の教訓

この事件から学ぶべきことは、三つあります。
第一に、粉飾決算は、法人税だけでなく相続税にも波及します。
非上場株式の評価は、会社の決算数値に大きく影響されます。粉飾で純資産や利益が膨らめば、株価も膨らみます。
第二に、更正の請求は証拠勝負です。
「申告時の株価が高すぎた」と主張するなら、正しい株価を計算できるだけの資料が必要です。
第三に、帳簿・伝票・仕訳データの保存は命です。
過去の粉飾を正すには、過去の資料が必要です。資料がなければ、真実があっても税額は動かないことがあります。
ミカが言った。
「先生、真実だけでは足りないのですね」
教授が答えた。
「税務では、証明できる真実が必要です」
「真実にも領収書がいる」
「名言です。できれば総勘定元帳も添えてください」

9 まとめ

今回の事件は、粉飾決算により相続税申告時の非上場株式評価額が過大だったとして、更正の請求が認められるかが争われた事例です。
原告は、A社が過去に総額4億円超の粉飾決算を行っており、その影響で相続税申告時の株価が過大だったと主張しました。
被告である国は、粉飾の具体的内容や金額を裏付ける帳簿・伝票などの客観資料がなく、更正後の正しい税額を証明できていないと主張しました。
裁判所は、A社で不正経理が行われていたこと自体は認めつつも、粉飾の具体的な金額や株式評価への影響は客観的に証明されていないとして、原告の請求を棄却しました。
ミカが最後に言った。
「先生、今日の結論は、粉飾された利益は株価を膨らませる。でも、あとから下げるには証拠が必要、ですね」
教授がうなずいた。
「そのとおりです」
「見せかけの利益にも、相続税は反応する」
「はい」
「でも、その見せかけを消すには、帳簿・伝票・仕訳データがいる」
「まさに実務の結論です」
粉飾決算は、会社の過去を飾ります。
しかし、相続税では、その飾られた過去が株価になって現れます。
そして、後から「実は飾りでした」と言っても、飾りを外す道具がなければ、税額は簡単には動きません。
教授は最後に言った。
「粉飾決算は、会社の顔に塗った厚化粧です」
ミカが尋ねた。
「では、税務で落とすには?」
教授は答えた。
「クレンジングではなく、証拠書類です」

いいなと思ったら応援しよう!