ミカ、クールジャパン会議に「クールな人」がいないと気づく
540億円を失って、ようやく原因を探し始めた
ミカ
「教授、産経新聞に『クールジャパン 失敗原因の分析徹底せよ』という記事が出ています」
教授
「なるほど。失敗したあとに、失敗の原因を分析するのは立派なことだ」
ミカ
「失敗する前に分析しておけば、もっと立派でしたね」
教授
「朝から厳しいね」
産経新聞によれば、海外需要開拓支援機構、いわゆるクールジャパン機構の累積損失は、令和7年度決算で540億円に膨らみました。
投資総額は約2040億円に達し、政府が定めた投資計画の未達は、今回で3回目だといいます。記事は、投資判断が実を結ばなかった理由を検証し、政府の責任を明確にするよう求めています。
ミカ
「2040億円を投資して、累積損失が540億円ですか」
教授
「かなり壮大なクールダウンだね」
ミカ
「税金を使って冷やしたのは、日本文化ではなく国民の期待かもしれません」
まず、会議のメンバーを見てみよう
ミカ
「政府は、これから失敗原因を徹底的に分析するそうです」
教授
「専門家を集めて検討会を開くのだろう」
ミカ
「その専門家というのが、大企業の役員、官僚、学者なのです」
教授
「経営、行政、研究の専門家がそろっている。何が問題なのかね」
ミカ
「クリエイターがいません」
教授
「なるほど」
ミカ
「漫画家も、アニメ監督も、ゲーム制作者もいません」
教授
「経営の専門家が判断するのだろう」
ミカ
「週刊少年ジャンプの編集者もいません」
教授
「それは少し気になるね」
ミカ
「少しですか。クールジャパンを選ぶ会議に、実際にクールジャパンを作った人がいないのですよ」
教授
「日本料理の審査会に、料理人がいないようなものか」
ミカ
「代わりに、食品会社の役員と農林水産省の官僚と、食文化を研究する教授が座っています」
教授
「料理については、かなり詳しそうだ」
ミカ
「ただし、誰も包丁を握ったことがありません」
「市場規模はいくらですか」
教授
「官民ファンドである以上、投資には客観的な判断が必要だよ」
ミカ
「では、漫画家の卵が持ち込んだ原稿を見てみましょう」
教授
「どれどれ。絵は少し荒いね」
ミカ
「でも編集者なら、登場人物や物語の可能性を見るかもしれません」
教授
「官民ファンドなら、まず市場規模を尋ねるだろう」
官僚
「この漫画の市場規模はいくらですか」
新人漫画家
「まだ連載も決まっていません」
大企業の役員
「5年間の売上計画を提出してください」
新人漫画家
「来月の家賃も分かりません」
学者
「海外市場における文化的受容性を、定量的に説明できますか」
新人漫画家
「とりあえず、原稿を読んでください」
ミカ
「これでは、新人漫画家の方が先に海外へ逃げそうです」
教授
「そして海外で成功したあと、日本政府が『日本文化の海外展開を支援する』と言い出す」
ミカ
「成功したあとなら、支援ではなく記念撮影ですね」
ヒット作は、事業計画書から生まれない
週刊少年ジャンプの編集者は、完成したヒット商品を選ぶだけの仕事ではありません。
まだ無名の作家を見つけ、原稿を読み、何度も描き直させ、読者の反応を見ながら作品を育てます。
連載が始まっても、人気が出なければ打ち切られます。
その厳しい過程の中で、作品の魅力を見つけ、作家と一緒に磨き続けます。
教授
「つまり編集者は、投資家というより伴走者なのだね」
ミカ
「そうです。まだ数字になっていない価値を見つけます」
教授
「官民ファンドは、数字になったものを見て投資する」
ミカ
「しかし、数字になったころには、民間企業がとっくに投資しています」
教授
「官民ファンドの出番がなくなるね」
ミカ
「そこで、民間企業が投資しない案件を探します」
教授
「嫌な予感がするね」
ミカ
「そして『民間ではできない大胆な投資』と呼びます」
教授
「失敗すれば?」
ミカ
「『挑戦には失敗がつきものだ』と説明します」
教授
「成功すれば?」
ミカ
「『官民連携の成果だ』と説明します」
教授
「説明だけは、どちらの場合も成功するのだね」
コンテンツとバイオ素材を同じ物差しで測る
記事では、クールジャパン機構が約140億円を出資したバイオ素材開発企業が債務超過となり、私的整理に入ったことも紹介されています。
ミカ
「教授、クールジャパンとは何でしょう」
教授
「漫画、アニメ、ゲーム、日本食、ファッションなど、日本の魅力を海外へ売り出す政策だろう」
ミカ
「そこへバイオ素材も入ります」
教授
「ずいぶん守備範囲が広いね」
ミカ
「広すぎて、何を応援しているのか分からなくなっています」
教授
「日本発なら、何でもクールジャパンなのかもしれない」
ミカ
「それなら新幹線も、工作機械も、納豆も、税務申告書もクールジャパンです」
教授
「税務申告書は、あまり海外で人気が出そうにない」
ミカ
「締切前の緊張感なら、世界共通です」
漫画、アニメ、ゲーム、食品、ファッション、素材産業では、成功する条件がまったく異なります。
必要な人材も、育成方法も、投資回収までの期間も違います。
それを一つの「海外需要」という箱に入れ、同じ投資基準で評価すれば、現場の違いが見えなくなります。
失敗原因は「投資判断が甘かった」だけか
教授
「記事は、投資判断の責任を明確にすべきだと主張している」
ミカ
「もちろん必要です。しかし、それだけでは同じ失敗を繰り返します」
教授
「では、何を調べるべきなのかね」
ミカ
「誰が作品を評価したのか、です」
教授
「なるほど」
ミカ
「クリエイターの意見が、意思決定にどれだけ反映されたのか」
教授
「ほかには?」
ミカ
「漫画、アニメ、ゲームを海外で実際に売った人が、会議にいたのか」
教授
「数字の専門家だけでなく、ヒットを作った実務家が必要だと」
ミカ
「そうです。財務諸表を読める人は必要です。しかし、原稿を読める人も必要です」
教授
「事業計画を審査できる人は必要だが、才能を発見できる人も必要だ」
ミカ
「契約書を作る人は必要ですが、物語を作る人も必要です」
教授
「ところが、物語を作る人は会議に呼ばれない」
ミカ
「会議で話すのが苦手だからでしょうか」
教授
「物語を作る時間を、会議で奪われたくないのかもしれない」
「クール」を管理しすぎると、クールでなくなる
行政は、予算を管理しなければなりません。
大企業は、投資回収を考えなければなりません。
学者は、理論的な根拠を求めます。
どれも必要な役割です。
しかし、文化やコンテンツは、最初から正解が分かる世界ではありません。
売れると思った作品が失敗し、期待されなかった作品が世界的なヒットになることもあります。
教授
「不確実だからこそ、専門家の勘と経験が重要になる」
ミカ
「ところが、行政は勘を嫌います」
教授
「説明できないからね」
ミカ
「そこで、過去の数字を集めます」
教授
「過去の数字から、未来のヒットを予測する」
ミカ
「そして、過去に似た作品ばかりが選ばれます」
教授
「新しいものを支援するための制度が、古い成功例を再生産するのか」
ミカ
「それを『戦略的投資』と呼びます」
会議室にジャンプ編集者を一人
クールジャパン政策に必要なのは、大企業の役員や官僚、学者をすべて外すことではありません。
彼らの知識は必要です。
ただし、意思決定の中心に、クリエイター、編集者、プロデューサー、海外販売の実務家を入れるべきです。
とりわけ、週刊少年ジャンプのような現場で、無名の才能を発掘し、作品を育て、読者の反応に向き合ってきた編集者の経験は貴重です。
教授
「次の検討会には、ジャンプ編集者を呼ぶべきだね」
ミカ
「はい。ただし、会議資料は300ページ以内にしてください」
教授
「300ページでも多いだろう」
ミカ
「官僚の世界では、それが読み切りです」
教授
「会議の最初にアンケートを取ってはどうかね」
ミカ
「何を聞くのですか」
教授
「『この中で、自分の手で一つでもヒット作を生み出した人はいますか』」
ミカ
「手が挙がらなかったら?」
教授
「まず、会議のメンバーを分析する」
ミカ
「失敗原因の分析より、ずっと早く終わりそうですね」
まとめ
クールジャパン機構の問題は、単に投資判断が甘かったことではありません。
最大の問題は、日本文化を実際に作り、育て、売ってきた人が、意思決定の中心にいなかったことではないでしょうか。
大企業の役員は、会社を経営できます。
官僚は、制度を作れます。
学者は、理論を説明できます。
しかし、次の世界的ヒットを生み出すには、まだ数字になっていない才能を見つける人が必要です。
クールジャパンを立て直す最初の一歩は、新しい予算を付けることではありません。
会議室の椅子を一つ空けて、そこへクリエイターか編集者を座らせることです。
もっとも、その人が会議中に退屈そうな顔をしていたら、安心してよいでしょう。
少なくとも一人は、クールな人が参加しているということです。
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