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ひとりで美術館に行ったあと、ラーメンに入った害虫にさえアートを感じる


バイト先のオーナーに、美術館のペアチケットをもらった。

「慶士、これあげる」

オーナーの表情から察するに、良いものをあげたというよりかは、本当にお気持ち程度の、どうせ使わないだろうけど一応ね、みたいなニュアンスを感じた。

だが、僕を舐めてもらっちゃあ困る。

こういうのは行くのが慶士。
いや、こういうのを行くから慶士。

美術館なんてこういう機会がない限り行くことなんてないじゃないか。
じゃあ行かなければと、僕の好奇心が足を動かす。

ということで、行ってきた。
もちろんひとりで、うん。

普通こういうペアチケットをもらったら誰か友達を誘ったり女の子を誘ったりと、楽しさを共有できる相手を探すものだろう。

だが、僕を舐めてもらっちゃあ困る。

こういうのはひとりで行くのが慶士。
いや、こういうのをひとりで行くから慶士。

誰かと行くより、ひとりで行くことに意義がある、ひとりで行くことに魅力を感じる、それが慶士という人間なのだ。
いや、別に誘う人がいないからとかじゃないから、誘う人がこれっぽちもいなくて仕方なくひとりで行くしかないとかじゃないから、ほんとに、そこら辺は勘違いしないように諸君。
ていうか、芸術というものはひとりで楽しむものだからね、普通に、ひとりで追求するものだからね、まじで、諸君。
まあ美術館に行ったことすらない僕なのだけれど。


そんなこんなで、朝から上野の美術館へ。

ドガ渾身の傑作、初来日。
オルセー美術館所蔵。
「印象派」室内をめぐる物語。
とのこと。

やばい、ドガって何だ、ガンダムのモビルスーツか何かか?ニュータイプか?
オルセーって何?沖縄の方言?
印象派とは?何かの派閥?政治の話?自民党?

行く前から、どこか美術館で迷子になっている気分だった。

前情報では何一つわからない、これは自分の目で確かめるしかない、芸術を肌で感じるしかない。

意を決して、いざ入館。

受付の女性にチケットを手渡すと、(ん?こいつひとりか?)みたいな表情をされた気がした、いや気のせいか。
その受付の女性から、音声ガイドを勧められた。
どうやら専用のヘッドホンをつけると、順路に沿って音声による作品解説があるらしい。

だが、それはもちろん断らせてもらった。
上白石萌音の声はぜひ聞きたかったが、芸術というのは自分の語感で感じ、他の者を介入させてはならないと感じたからだ。
音声ガイドを通じてしまうと、芸術を感じるのではなく、上白石萌音を感じてしまいそうでこわかった。
いやまあ上白石萌音は感じたいのだけれど、上白石萌音しか感じたくないのだけれど、上白石萌音、すき。

僕は、五感の感度を最大限開き、様々な絵画を見て回った。

ふむふむ、はいはい、なるほどね、これが芸術ね。

正直、何もわかりゃあしなかった。
僕の稚拙な五感では、絵が上手いなあということぐらいしか感じられなかった。

各絵画に説明書きのプレートが設置されてあるが、それを読んでも専門用語や人の名前が多すぎて何が何だかわからない、こんなことなら上白石萌音を感じとけばよかったとさえ思った。

だが、顔つきは一丁前。
舐められたくはないので、さも芸術に触れ続けてきたやつみたいな面持ちで美術館をまわった。

絵画を見る、説明書きを読む、神妙な面持ちをする、次の絵画を見る、説明書きを読む、神妙な面持ち、その繰り返し。

説明書きの文には、頻繁に「ドガ」という名前が出てくる。
ドガ?誰やこいつは、やたらと出てきやがって、有名なのかこいつは、そんなに強いのかこいつは、誰もが知っているかのように書くなよ、ご存知ドガじゃないんよ、ほんとに。

流れるように出現する知らない誰かたち。
ドガやゾラ、マネにティソ。
いやティソて、ドガ・ゾラ・マネはまだいいわ、ティソて、こいつだけは有名じゃないやろたぶん、知らんけど。

そんなことを神妙な面持ちで考える。
他の人からはきっと、芸術の末端を担っている若者、もしくは芸術界に風穴を開ける新進気鋭のアーティストに見えたことだろう。
してやったりといったところか。

美術館の雰囲気、場の静けさや匂い、絵画の迫力、行き交う人の表情や仕草、そのどれもが新鮮で、不思議と居心地は良かった。
ずっとここにいたいとさえ思った。

だが、ここでひとつの疑問が頭に浮かぶ。
時折カップルが、いやカップルどもが、手を繋ぎながら美術館をまわっているのだ。
ん?これはどういうことだ?芸術に対する冒涜なのではないか?由々しき事態か?全面戦争か?おお?
こんなところで指を絡み合わせるなんてハレンチ極まりない、家でやれ、ここをなんだと思っているんだ、神聖な国立西洋美術館だぞ、印象派だぞ、この野郎。

そんな小言を頭の中で呟きながら、美術館というものをゆっくりと堪能する。
すると、ひとつの絵画が僕の目にとまり、妙に惹きつけられた。

一目で良い暮らしだとわかる一室、暗闇とはいえないほどの暗さ、テーブルの上には暖かい光を放つランプ、そのランプのもとでチェスをうつ若い女、その相手をする中年男性、男女の後ろで裁縫をしている中年女性。

楽しそうな明るい雰囲気はないが、各々が心地良いと心のどこかで思っているような、家族団欒の形に見えた。

チェスをしている2人は真剣そのもの、裁縫をする女性など視界に入っていない。
裁縫をする女性もチェスに見向きもしていない。
だが、各々がいるからこその安心感、言葉を交わさなくても通じ合っている信頼関係が見てとれる。

幸せというものを具現化したような、そんな絵。

僕はこれがやりたい、家族にまみれていたい。
この絵の中が羨ましくて仕方がなかった。

久々に実家に帰ったときのこと、僕はソファーの上に寝転がる、母と姉が隣で座り喋っている、姪たちが遊んでいる、なんでもないテレビの音、家族の会話、様々な生活音、その相まった音が心地良くて、僕は気付いたら眠りについている。
ふと起きると、姉から「こんなにうるさいのによく寝れるね」と言われる。
いや幸せだから、幸せだから寝れるんだよと、心で呟きながらすぐに二度寝をする、そんな昼下がり。

そんないつかの昼下がりを思い出させてくれる、素敵な絵。
エルネストデュエズの「ランプを囲んで」。


良いものを見たなと、ホクホクした気持ちで美術館を出た。
好みの絵がひとつでもあって良かった、僕の感性は死んでいない、芸術という灯火が僕の中にも存在しているのだ。

そんなことを思いながら歩いていると、展示物の物販コーナーへ吸い込まれた。
ポストカードやクリアファイル、キーホルダーにマグネット、いま見てきたたくさんの絵画たちのアイテムが立ち並んでいた。

さっきの絵さっきの絵、さっき心を惹かれたあの絵のアイテムはどこかないか。
物販コーナーの端から端までくまなく探したが、僕が惹かれたあの絵のアイテムはどこにもなかった。

いつもそう。
僕が惹かれるものに大衆は興味を示さない。
まあそんな気はしていたけれど、とほほ。

たくさんの人が物販コーナーでひしめく中、僕はフチの外から飛び込んできた思いがけない孤独を感じていた。

まあせっかく来たし何か買おう、でも何を買えばいいか、どれを選べばいいのかわからない。
まわりの音がノイズに聞こえ、自分がいま何を考えているかもあやふやなまま、とりあえずアイテムを手に取った。

よし、これでいいや、なんかかっこいいし。

手に取ったのは、紙のトランプ。
1枚1枚に絵画が描かれた割とシャレオツなトランプなのだが、僕は別にマジシャンでもポーカープレイヤーでも生粋のボードゲーマーなわけでもないので、使用する場面は訪れないだろう。
ただ、なんかかっこよかったのと、54枚もあればあの絵があるかもしれないと、淡い期待を込めて購入した。


外へ出て街を歩く。
美術館の雰囲気をまだ体にまといながら、遅足で歩を進める。

来るときと同じ道なのに、街がどこか違って見えた。
定食屋の看板、錆びれたガードレール、風に揺れる雑草、暗く冷たい雲、街の匂い、そのどれもにアート味を感じ、感覚が研ぎ澄まれたような、ニュー慶士になったような、そんな感じがした。

うわ〜アートやなあ、うわあれもアート、これもアート、こんなとこにもアート、めっちゃアートやん、と視界に入るもの全てに芸術が詰まっていた。

なんだこれは、これが芸術家の目か、芸術家たちには常日頃こんな景色が見えているのか。

ただ美術館に1度行っただけなのに、こんな力が手に入るとは、恐ろしや美術館。

いったん落ち着くため、タバコの吸える喫茶店へ。

ちょっとアートを摂取しすぎた、流石に致死量だ、僕が僕じゃなくなってしまう、人間を超越した存在になってしまう、ちょっと何も考えずにゆっくりしよう。

そう思い喫茶店に入ると、古風なシャンデリアやステンドグラス、趣のあるテーブルに椅子、可愛らしいエプロン、どれもが素敵すぎて、アートを煮詰めたような空間だった。

入る場所を間違えた〜〜。
もう僕にアートを見せないで〜!死んじゃうよ〜!もう少しで鼻血とか出ちゃうよ〜たぶん!

人間の急速な進化に、身も心もまだ追いついていないと感じ、僕はなるべく薄目でアートに触れないよう努力した。

よし、何か食べよう、お腹にいっぱいにして気を紛らわそう。

そう思いハンバーグを注文。
タバコを吸いながら頭を空にする、ほどなくしてハンバーグが届く。

見た目はごくごく普通なハンバーグ。
あぶねぇ〜これで三角錐の形したハンバーグでもでてきたら泡吹いて倒れてたよ俺〜耐えた〜。

恐る恐るゆっくりとハンバーグを口に運ぶ。
、、うん、美味しくはない、いかにも普通。
別に全然食べれるけど美味しくはない、うん、あと米が少ない、まあこれもアートか、うん、アートアート。

僕は冷めた目つきで美味しくも不味くもないハンバーグを秒で平らげた。

そしてまたいったんタバコを吸う。
タバコを吸いながら購入したトランプの封を開ける。
1枚1枚めくる、なるべく速く、淡い期待が膨らまないように。
覚えている、全て覚えている、どの絵も鮮明に。
だが、やはりあの絵はどこにもなかった。

まあそうよね、そりゃそうよね、ぜんぜん大丈夫。
僕の目には焼きついている、それだけで十分。

タバコの火を消す。
何事もなかったかのように。

ここで、唐突な言葉が鼓膜に侵入してきた。

「え、もしかして行ってきたんですか!?」

ん?ほえ?なに?
顔を上げると、ショートカットの若い女店員が目の前で立っていた。
どうやら話しかけられたらしい。
おそらくトランプを見て美術館に行ったことを知り、声をかけてきたのだろうと一瞬で判断した。

やばいどうしよう、女や、女が話しかけてきたぞ、何か気さくな返しをしろ俺。

「そうなんですよ〜めちゃくちゃひとりで行ってきました〜」

なんやそれ、当たり障りない上になんかきもいし、てかひとりでっているか?そこ強調する必要あるか?頼むよ俺。

「えーいいですね、私も行ってみたいと思ってたんですよ〜、どうでした?」

おい頼むぞ、次はなんかいい感じのこと言うんだぞ、頼むぞ俺。

「いや〜まじで何もわかんなかったです」

おい〜おもんないってお前、かっこつけんなよまじで、こんなとこでスカすなよ馬鹿、勘弁してや。

「いやそんなもんですよきっと〜私も何もわからないと思います」

優しいなあ、優しすぎて腹立ってきたなあ、でもこの優しさを無下にするなよ俺、次は頼むぞまじで。

「、、フフン」

おい〜愛想笑いかい、なんも出てこんのかい、どんだけコミュ障なんこいつ、アートさのカケラもねえやん。

この愛想笑いが決定打となり、天から舞い降りたせっかくの会話に終止符が打たれた。

まあアートっちゃあアートか、今の会話も、そういうことにしとこう、うん。

お会計を済まし、店を出る。

外の暗さが目に染みる。

友達との待ち合わせ場所に向かう。

改札をくぐり電車に乗り込む。
ガタン、ゴトン、と電車に揺られるたび、芸術家から普通の人間へと、徐々に戻っていくのがわかる。

改札を出て友達と合流。
他愛ない話しをしながら居酒屋に入る。

また他愛ない、なんでもない話しを繰り返しながら酒を飲む。
今日は酔いがまわるのが早い、どうやら疲れていたようだ、きっとこれもアートのせい。

それからも適当な会話を肴に、安酒をたくさん飲んだ。
今日は楽しかった。
この楽しさを消さないように、一日を噛み締めるように、ほろ酔いで店を出た。

そして、ほろ酔いの定番、豚骨ラーメンを食すことに。
近くにたまに行くラーメン屋があったので、吸い込まれるように入店。

外国人店員がつたない日本語で対応してくれた。
今日は楽しかったので、特製チャーシュー麺を友達に奢ってあげる。

素晴らしい造形のラーメンが届く。
味はまあいつも通り普通、可もなく不可もなくといったところ。
ほろ酔いのときのラーメンなんてなんでもいいのだ。

半分ほど食べ進めた頃、友達の方から「おいおいおい」とやるせない声が聞こえる。

「見てこれ〜」

友達がラーメンを指差す。

そこには圧倒的な存在感を放つ小ゴキブリがラーメンに入っていた。

僕は表情を微動だに変えず、「まあそんなもんよ、いいやん別に、特製やん」と言った。

だって着水している、いや着スープしている小ゴキブリが、妙に綺麗に感じたから。
騒ぐことじゃない、これもアート。

緑のネギと白いもやしの間に差し込まれるように佇む茶色、どデカいチャーシューを引きたたせるような小ぶりの茶色、どうやってどのタイミングで入ったかわからないこの小ゴキブリが、たまたま僕たちの前に現れてたまたま綺麗な色どりを見せてくれている、これをアートと言わずに何と言うのだ。

だが、友達はもちろん不服そう。

外国人店員に小ゴキブリが入っていることを説明すると、外国人店員は「あぁ」と言ってから何も言わずにラーメンを下げ、すぐに新しいラーメンを持ってきた。

その当たり前のような、小ゴキブリが入っていることを予期していたような、外国人店員の一連の流れに、ただただ熱い拍手を送りたくなった。
もうアートすぎて、アーティストとしての敬意を払いたくなったのだ。


ああ、芸術は爆発だ。
この言葉の意味がやっとわかった気がした。

芸術というのは人生そのもの。
いろんな場所に芸術があり、いろんな場所でアートが起こっているのだ。

燃やそう命を。
過ごそう芸術を。

そして僕は忘れない。
あの日見たあの絵画と、あの日の街中の彩りと、あの日着スープしていた小ゴキブリのことを。

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慶士 このお金で人々を幸せにします。