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ケビンの一言いわせて! #54|パンとサーカスと山ノ内町議会

私は子どもの頃から、いくつもの言語に触れて育ちました。両親はASL(アメリカ手話)を使い、私は小学校でヘブライ語を、中学校でラテン語を、高校でスペイン語を学びました。ASLを除けば、どの言語も使うことがなく、すぐに忘れてしまいました。大学では、言語を学ぶ最後の機会だと思い、思い切って日本語に打ち込むことに決め、実際に使うためにこの地へ来たのです。

それでも、ラテン語はいつも私の心を惹きつけていました。死んだ言語だと言われ続けてきたにもかかわらず、千年の知恵と経験が宿っているようで、私にはとても生き生きとして感じられたのです。最近、あるラテン語の言葉をふと思い出しました。山ノ内町議会について書くうちに、よみがえってきたのです。「panem et circenses」— 日本語でいう「パンとサーカス」です。これは、政治の指導者たちが民衆に対して用いる「目くらまし」を指します。

もちろん、山ノ内町に、民衆を惑わすような大きなサーカスがあるわけではありません。ですが、もっと巧妙な「目くらまし」は、確かに存在します。よい例が、私が出席して質問をした議会報告会です。あの催しは、議員が責任を問われることのないまま、町民にガス抜きの機会を与えるために作られたかのようでした。私が統治について本質的な質問をしても、答えを引き出すには、さらに鋭い質問を重ねる必要がありました。

もう一つの例が、議会の公開の場そのものです。定例会で町民に開かれている議論は、代表制民主主義というよりも、政治的な演劇に近いように見えます。本当の決定は、その前に、町民の目の届かないところで下されている。公開の場は、すでに決まった筋書きをなぞる舞台にすぎないのです。

そして、その舞台の上で交わされるのは、建設的な議論とは言いがたいものです。反対のための反対は聞かれても、では何をすべきかという提案はほとんど示されません。批判はあっても、その根拠が示されることは多くありません。私が求めているのは、こうした空虚な応酬ではなく、事実に基づいた、町を前に進めるための真剣な議論なのです。

議会の下す決定は、私たちの暮らしに直接かかわっています。だからこそ、こうした「パンとサーカス」から、もう先へ進まなければなりません。前回書いたとおり、政治倫理条例を制定し、議員がその基準に従って律せられることが、きわめて重要です。私たちに必要なのは、真に責任ある指導者であって、何が本当に起きているのかから私たちの目をそらすサーカスの座長ではありません。

6月定例会が、来週6月3日から始まります。私は、仕事の都合が許すかぎり、傍聴するつもりです。あなたも、ご一緒しませんか。


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