見出し画像

「ドウセイドウメイ」第2話 Boy's perspective

ドウルイのドウメイ

目の前に立った同姓同名の女。
田中湊が俺を見下ろして言った。
「同盟、結ばない?」
ドウメイ、なんだそれ。
意味が分からない。

頭がグラグラして、思考が空回りしている。
手足の血の気が引いて、だんだんと痺れてくるのがわかる。

田中が俺の秘密を見破った。
誰にも知られたくなかった。

俺が男である吾郎を好きなこと。

友達としてではない。
恋愛対象として、吾郎を好きなこと。
ひょっとしたら、性の対象として見ていることまでも見抜かれているのか。

冷汗と震えが止まらなかった。
世間的にはホモとかゲイとか言われる部類に入るのだろう。
これが友達にバラされたら、居場所がなくなる。

頭の中でグルグルと色んな感情が暴れ回っていた。
田中は俺を脅すつもりなのか。

「私と秘密の同盟を結ばない?」
ヒミツノドウメイ。
だから、それ、なんだよ。
トランペットを完全に地べたに放り出し、崩れるように両膝をついて両腕を抱えていた。

「私もあなたと同類。」

ドウルイ、どういうことだ。
ドウルイ。
どうるい。
同類。
少し落ち着いてきた。
手足にも少しずつ感覚が戻ってきた。
田中が言ったことが少しずつ頭の中で嚙み砕くことができるようになってきた。

私も、瀬奈が好きだから。
瀬奈、瀬奈、そうか、瀬奈は田中といつも一緒にいる女。
田中も同性愛者なのか。

「大丈夫、落ち着いて。」
田中の心配そうな顔が目の前にあった。
気が付かないうちにしゃがんで俺と同じ高さの目線になっていた。
とても申し訳なさそうな顔をしていた。
「なんか、ごめん。」

沈黙。
ただ、お互いの目を見ていた。

田中が少し視線を逸らせてから言った。
「同盟、結ばない?」

同盟締結

「な、なんで、分かった。」
かすれた声を絞り出した。

「はい、ハンカチ、すごい汗よ。」
「いらねぇ、なんで、分かったんだ。」
差し出されたハンカチを手で払った。

「ごめん。」
「いいから、答えろよ。」
声が大きくなった。

「少し意地悪になってた。ごめん。」
「言えよ。」
俺は怒鳴っていた。

「まず、私の提案に乗るかどうかが先。」
「なんだよ、同盟ってやつか。」と声を抑えて言った。

「お互いに大きな秘密を握ることになったし、誰にも話せないでしょ。」
「俺は何も言ってない。何のことだ。」
「無駄よ、わかってる。」
田中の真剣な表情を見て、無駄だと悟った。

「くそっ。」
「お互いに悩みを共有しませんか、というお誘い。」
「意味わかんねえよ。」
「まともじゃない者同士、傷を舐め合いませんかってこと。」
「確かに、普通じゃねぇ。お互いに」
「どうするの。」
「わかったよ、同盟を結んでやるよ。だから、なんで分かったんだよ。」

田中が大きく息を吐いた。
「まあ、何と言いますか。あなたの肖像画を描くためにずっと観察していたのが大きい。」
「それだけで分かるのかよ。」
「全てがそうじゃないけど、私は絵の対象の内面まで描きたいの。それと、あれが教えてくれた。」
そう言って、田中が床に転がっていた俺のトランペットを指差した。
銀色に輝くBachのトランペット、親父にせがんで譲って貰ったものだ。

「肖像画なんて描かせるんじゃなかった。」
「私もOKしてくれるとは思わなかった。」
「そうだ、俺は吾郎が好きだ。恋愛対象として、気持ち悪いだろ。」
「卑下しても通じない。私も同類だから。」

そうか、と思ってホッとしていた。

田中が右手を差し出して言った。
「じゃあ、同盟締結ね。」
俺は田中の右手を握った。
「まあ、仕方ない。同姓同名の同性愛者の同盟か。」
「私達の名前と同じでややこしいね。」

田中が俺の手を引っ張って立たせてくれた。
そして、二人で顔を見合わせて微笑んだ。

これが俺と田中の同盟締結だった。

建設的じゃないけど

それから、田中とどうでもいいことばかり話すようになった。

ある日の放課後の美術室で話していた。
「また、告られた。」
「噂で聞いた。馬鹿なの。」
「何が。」
「また、大いに泣かせたと噂になってますよ。」
「勝手に泣いただけ。」
俺はその女の泣き顔を思い出して胸が疼くのを感じた。
「もう少し言い方ってもんがあるでしょ。」
「どんな言い方したらいいんだ。教えてくれよ。」
田中が少し驚いた顔をした。
「教えて欲しい、とか言えるんだ。」
「欲しい、とは言ってない。よい断り方を知りたい。」
「まずは謝る。」
「俺、悪くない。」
「そうだけど、まずは謝って、付き合えない理由をちゃんと伝えるの。」
「そんなの言えるか、男が好きだから無理って、馬鹿か。」
「そうじゃなくて、『ありがとう、他に好きな人がいるから付き合うことができません』って、嘘も入ってない。」
「お前、頭いいなぁ。」
「学校の成績はそっちの方がいいじゃない。」

田中が絵を描いている時に話しかけたこともある。
「瀬奈の絵は描かないのか。」
「書いてるよ、スケッチだけね。」
描いている絵から目を離さずに田中が言った。
「コンクールに出したら。」
「重すぎる、それに絵を見たらバレるような気がしてるの。」
「あぁ、そうか。何となくわかるわ。」
「本当に好きなものって、触れがたいじゃない。」
「今日、俺は吾郎にヘッドロックされた。うらやましいか。」
「なんでそうなったの。」
「教室に刃牙の最強トーナメント編が全巻あるのが悪い。」
「意味わかんないんですけど。」

廊下でトランペットを吹いている時に田中が話しかけてきた。
「やっぱり、あなたは絵になるわ。」
「もう、モデルはやらない。」
「残念、でも、二年連続で同じモチーフもできないから。」
少し間を空けて田中が言った。
「今日の音色は寂しいね。」
「お前に分かるのか。」
「陸上部の砲丸投げのエースは大きな大会で学校に来てませんから。」
「音で分かったんじゃないのか。」
「そうだよ。」
少し意地悪な顔をしていた。
そう、あの同盟締結の時のような。

こんな風に少しずつ話すことが増えていった。

そのうちに田中が瀬奈を好きになった経緯を話し出した。
最初は聞いているだけだったが、気持ちが痛いほどわかった。
同類の人間として。

毎日、好きな人に嘘をつき続けている。
友情を隠れ蓑にして、友達として近くに居続ける。
相手の無意識な行動に日々心が揺さぶられて苦しくなる。

そして、この気持ちを絶対に相手には伝えられないという絶望。

田中も辛かったんだな。

最近は告られても、その女が泣くようなことがなくなっていった。
田中のお陰だった。

暴露

俺も自分のことを田中に話すようになった。

俺の親父は、顔立ちも良く、小洒落た格好をして、トランペットを趣味で吹いていた。
かなりモテたらしく、その中でもとびきりの美人の母さんと結婚した。
誰もが親父を見るとダンディだと言うし、母さんも歳の割にはきれいだと思う。

そんな二人の子供だからなのか知らないが、昔から女にはモテた。

何回も女から告られる。
周りの奴には羨ましがられるが、うんざりしている。

理由は、よくわからなかった。
いや、わからないことにしていた。

最初は全く気がつかなかった。
年頃ってやつになれば、自然と女が好きになって付き合ったりするんだろうと思っていた。

気にすることもなく、中学生になった。
周りの男友達は、あいつが可愛いとか、こいつの胸が大きいとかエロいとかの話で盛り上がっていた。

俺は全く話に入れなかった。

それよりも、周りの男友達が成長するにつれて大人の男の体になるのに目を奪われた。

はっきりとした切っ掛けはなかった。
そんなもん、わかるわけない。
お前らだって、いつから女の体に色気を感じるようになったとか説明できないだろ、たぶん。

ただ、気がついた時には遅かった。
俺は、男を好きになってしまう部類の人間だったのだ。

別に女になりたいとかではない。
自分は男だと思ってる。
ただ、恋愛対象も男なだけなのだ。
いわゆる、ゲイというカテゴリーの人間だと自覚するようになった。

そして、吾郎に会った。

最初は特別な男じゃなかった。
ただの友達の一人だった。

吾郎は体がデカくて、小さな頃から野球をしていた。
1年生の時からずっとレギュラーだった。

広い肩幅、日に焼けた肌、太い腕。
それがどうしても視界の片隅に入ってしまう。

男ってのは魅力的なものを見ると、好き嫌いに関係なく目がいってしまう。
男が美人を目で追いかける時なんてそんなもんなんだろう。

俺はその対象が男なので困ることが多い。
平気で男は、上半身裸になる。
特に吾郎は俺の気も知らないで、そんな格好で平気で肩を組んでくるような奴だった。

どうしていいか、わからなかった。
胸の鼓動を悟られないように必死だった。

性的に魅力的なのと、好きなのは次元が違う。
俺も男だったら誰でも良いわけではない。

吾郎は特別だ。

これには明確な切っ掛けがある。

2年生の春のことだった。
野球部内で3年生による2年生への陰湿な虐めがあった。
吾郎はレギュラーだったし、先輩に可愛がられていたので虐めの対象ではなかった。
と言うか、吾郎は全く気がついてなかった。

それを最初に見たのは俺だった。

放課後にトランペットの練習を一人でしたくて校舎をウロウロしていた時、野球部の同級生が先輩に囲まれて殴られていた。

それを俺が吾郎に話してしまった。
間違いだった。

吾郎は我慢できず、先輩に反抗して、顧問に話した。
そして、ケジメだと言ってスパッと退部届を出した。

あんなに打ち込んでいた野球をあっさりと辞めたのだ。

俺は吾郎に何度も謝った。
「なんでお前が謝るんだ。俺はかっこ悪い奴が嫌いなだけだ。それに団体競技って、向いてないんだよ。」
そう言って、俺を見てニカっと笑った。

大きな一撃だった。
うん、俺、吾郎が好きだ。
男が好きでも構わない。

誰にも言わずに心の中に秘めているだけならいいだろう。

俺は吾郎が好きなことを認めた。
同時に一生心の奥底にしまい込むことを誓った。

大体、同じ

ポツリ、ポツリとだが、俺達はお互いの秘密を共有するようになった。
「なるほど、あなたも大変だったのね。月並みな言い方だけど。」
「俺、他人に話せると思ってなかった。」
「私も。」
「まあ、だけど、悪くないよな。」
「何が。」
「一生、誰にも話さないつもりだった。でも、話すだけでもずいぶん楽になるような気がする。」
「それ、私も。」

田中と話していると、俺はよく喋ってしまう、
いや、喋り過ぎなくらいだ。

今まで胸の中に溜まっていた膿を吐き出すかのようだった。

「俺達が異常なのは変わらないけど、同じような人間がいるって知るのは大事だよな。」
「うん、少しだけど楽になれる。」
「多様性を認めろとか言われるけど、ただの綺麗事だ。現実は、ホモだ、ゲイだと気持ち悪がられるだけだろ。周りに知られたら、もう終わりだ。」
「そうよね。明らかに嫌がられなくても、腫れ物に触るように扱われるか、黙って距離を取られるか。結局、異常者扱いよ。」
「結局、正しくないから排除される。排除されるから話せない、苦しい。」
「そう、好きな人に想いを伝えることもできない。」

田中も苦しみを吐き出していた。
本当に辛そうだった。

「でさ、お前は女のどんなところが好きなんだ。」
「どういうこと。」と田中が驚いて聞き返す。
「ん、いや、女のどんなところがいいの?」
「私は瀬奈が好きなだけだよ。」

今度は俺が逆に聞き返した。
「どういうこと。」

「私は瀬奈が好き、男だったとしても好きだよ。何度も、そう願った。」
「瀬奈が女だから好きになったってことじゃないのか。」
「そうよ。」
「女の体のどこが好きとかないの?」
「それはないなぁ。」
少し田中は困っているように見えた。

少しの沈黙の後に田中が聞いてきた。
「あなたは違うの?」
「そもそも俺は女は対象外だよ。男の中で好きになったのが吾郎なんだ。」
「男が好きなんだ。」
「そうだよ、認めたくないけど、女はない。」
「そうなんだ。だから、告白をしてきた女子に酷い振り方ができるんだ。」
「少しはマシになっただろ。」
「マッチョな男なら誰でもいいの?」
「そんなわけないだろ、無茶苦茶だな。異性が好きなやつでも誰でも良いってわけじゃないだろ。」
「そうか。」
「俺は吾郎だから好きなんだよ。」

なんとなく、感じていた違和感が分かってきた。

「俺達、似ているけど、同類じゃないかもな。」
少し寂しい気持ちで言った。
また、孤独になると思ったから。

「それでも、私達は同類だよ。」とすぐに田中が言った。
「なんでそう思うんだ。俺は根っからの同性愛者だけど、お前は違う。好きな人が変われば普通になれる。」
「私は瀬奈が好き、あなたは吾郎が好き、今はこれが大切なの。」
「だから。」
「少し違うかもしれないけど、結局、誰にも話せない人が好きなことには変わらないよ。」
「まあ、そうか。」
「そうだよ、変わらない。」

俺は大きく息を吐いて言った。
「結局、俺達は同類でいいのかもな。」
「うん。」
「どうせ、俺達は正しくないからな。」
「それに他の誰にも話せない。」

少しホッとした。
同盟のお陰で孤独に戻らなくてもいい。
それが一番大事なことかもしれない。

自分の心が壊れないようするためにも。

田中が少し笑って言った。
「まあ、お互いにピッタリと一緒じゃなくてもいいじゃない、同じなのは名前だけで十分。」
「そうだな、どうせ、お前以外にはこんなこと話せない。」
「お互いに慰め合うしかないのよ。」
「少なくても、俺はすごく助かってる。」

田中は少し驚いた顔をした後、少し神妙な面持ちで言った。
「そう言って頂けて光栄です。同盟を持ちかけた者として。」

俺達は顔を見合わせて微笑んだ。
この同盟がお互いの心の支えになると思っていた。


少年視点からの同盟の状況、次回は少女の視点に戻って話が続きます。
続きとなる第3話は、こちらから読めます。
コメントも頂けると本当に嬉しいです。

コツコツとショートショートも書いてます。
この小説の元になったものもあります。
良かったら読んでみてください。

#創作大賞2026
#恋愛小説部門

いいなと思ったら応援しよう!