49歳からの大逆転:崩壊した現場を「プロの仕組みと教え方」で再生させた品証課長のリアル実践知③


入社初日の挨拶で「皆さん全員と良い喧嘩をバチバチします」「品証は嫌われてなんぼ」と言い放った私を待っていたのは、予想通りの冷ややかな「お手並み拝見」の視線だった。
何かトラブルが起きれば、製造だ、品証だ、派遣のせいだと、そびえ立つ「他責の壁」の向こうから責任のなすりつけ合いが始まる。だが、私は前職の大手自動車メーカーで長年、現場と品質の現実を見てきた人間だ。彼らがみにくい泥仕合を繰り広げる「真の病根」は、一目で分かった。
この工場には、まともな「教育の仕組み」がカケラも存在しなかったのだ。
現場の指導といえば、先輩の作業を後ろから見せるだけの「背中を見て覚えろ」スタイル。あるいは、その日の気分や感覚で教える内容が変わる、属人的なものばかり。基準がないから、作業者によってやり方がバラバラ。不具合が出ても「教え方が悪かったのか」「本人の技術不足なのか」すら判断できない。
だから、失敗した人間を感情任せに怒鳴り散らす「恐怖政治」が横行し、言われたことしかやらない「思考停止」が生まれ、最後は「俺のせいじゃない」と他責に走る。すべては、正しい教え方の仕組みがないことからくる必然の崩壊だった。
「なら、プロの教え方ってやつを叩き込んでやる」
私は、現場教育の国際規格であり、ものづくりにおける指導のバイブルである「TWI(Training Within Industry:仕事の教え方)」の指導員資格を持っている。このプロの武器を使って、職場の空気を根底から変えるための作戦を開始した。
TWIの根底にある哲学は、極めてシンプルで重い。
「作業者が学んでいないのは、指導者が教えていないからである」
不具合を出した作業員を責めるのは、プロの仕事ではない。責めるべきは、正しい手順を正しく理解させられなかった仕組みと指導者の方なのだ。
私はまず、自分の部下たちを集め、このTWIの「仕事の教え方・4段階法」を徹底的に叩き込んだ。現場を変えるには、まず自分の足元である品証のメンバーからプロに育てる必要があったからだ。
1. 習う準備をさせる(相手の緊張をほぐし、その作業をどれだけ知っているか確かめる)
2. 作業を説明する(主なステップ、そして最も重要な『急所』とその理由を、一つずつ明確に示しながら説明する)
3. やらせてみる(実際にやらせてみて、間違っていればその場で直す。さらに、作業者に『急所とその理由』を口で説明させながらやらせる)
4. 教えた後を見る(一人立ちさせた後も、指導者を決めて頻繁にチェックし、質問しやすい環境を作る)
部下たちに徹底させたのは、作業の「急所」の言語化だ。「ここは感覚でうまくやって」という曖昧な指導を一切禁止した。「なぜこの角度なのか」「なぜこの力加減なのか」を、前職で培ったトラック評価のシビアな目線でロジックに落とし込み、誰が教えても同じ品質になる「作業分解シート」を部下たち自身に作らせた。
そして、この磨き上げた教え方の仕組みを引っさげて、私と部下たちが切り込んでいったのが、現場に新しく入ってくる「新たな派遣さん」への教育の場だった。
それまで、まともな教育もされないまま現場に投入され、ミスをすれば「派遣の作業手順が雑だったからだ」と他責の標にされていた彼らに対し、TWIのロジックに則って正しい作業の急所と理由を丁寧に教えていく。
それだけではない。新たな派遣さんに作業を教える中で、彼らが「ここが分かりにくいです」「この手順はどうすればいいですか」と口にした素朴な疑問や、実際に作業をこなす中で気づいた違和感、やりづらさといった現場の生声を、私と部下たちで徹底的に吸い上げた。
そうして集まったリアルな気づきをもとに、現場の「作業要領書」をどんどんアップデートしていったのだ。
ただ机の上できれいな書類を作るのではない。新しく入ってきた人が迷わず、間違えずに動けるように、教育の現場で出た課題を要領書へ即座にフィードバックし、常に最新の最適解へと進化させていく。この地道なサイクルを泥臭く回し続けた。
当然、最初は現場から「そんな面倒なことやってられるか」「今までこのやり方でやってきたんだ」という反発もあった。品証のくせに現場の教育や要領書にまで口を出すな、という陰口も聞こえてきた。
だが、私は「嫌われてなんぼ」の品証課長だ。私と部下たちは、どれだけ煙たがられようが、現場にベタ付きで寄り添い、新たな派遣さんへの教育と、それに伴う要領書のアップデートを止めなかった。
すると、少しずつ現場に変化が現れ始めた。
「あいつが悪い」と個人を責めていたリーダーたちが、「教え方や、要領書のここが分かりにくかったかもしれない、修正しよう」と、主語を「人」から「仕組み」へと変え始めたのだ。
作業員たちも、自分たちの声が反映された要領書をもとに正しい理由を納得して教えられるため、次第に「思考停止」から脱却し、自分の作業に責任とプライドを持ち始めるようになった。
冷や冷やしながら「お手並み拝見」と腕組みをしていた連中の目が、明らかに変わり始めたのを感じた。49歳の中途採用のおっさんが、部下と共に持ち込んだ「プロのロジック」が、長年誰も崩せなかった他責の壁に、ピキリと大きな亀裂を入れた瞬間だった。
しかし、これらはまだ、ほんの序の口に過ぎない。
教育の仕組みを変え、要領書をアップデートし始めた私へ、次に訪れたのは、会社の品質体制そのものを根底から揺るがす、最大の試練――「ISO定期審査」だった。
次回、私が仕掛けた「監査員を味方につけ、会社を巻き込む品証の逆転マジック」についてお話ししよう。#創作大賞2026 #ビジネス部門

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