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【短編小説】か・ぞ・え・る

蛇口をひねると、1円玉があふれ出した。

その1円玉を数えている。

1,2,3,4……

ずっと、ずっと、数えている。

僕は、そんな世界で生活をしている。妻に「この世界、おかしくないか?」と尋ねると、「バカなこと言わないで。普通じゃない」と返された。

そうなんだろうか?

僕は、手のひらに10枚の1円玉を重ねて、「10円」と言った。けれど、これには価値がない。1円玉を10000枚正確に数え、銀行に持っていき、そこでお札になって初めて現金になるのだ。1円玉はいくら集めても店では通貨として使用できない。

今日はひさしぶりにステーキを食べる。5000円。つまり、1円玉を5000枚数えて食べることができる食事だ。

「おいしいわ。数えたかいがあったわね」
「ああ、でも、疲れるよ。やっぱり」
「仕方ないわ」
「そうだな、もっとはやく数える技術をあげないと」

いつもの会話をしながら肉を口の中に入れる。確かにおいしいが、日々の充実感はあるとはいえない……

以前、僕は1円玉を正確に数えるのに、どれだけ時間がかかるか確かめてみたことがあった。

10枚で5秒、100枚で50秒。単純に計算すると、10000枚数えるのに83分と20秒。

しかし、毎日、と、なるとそうはいかなかった。

ある日は、90分、やる気のある日は50分、やる気のない日は2時間……

「昔の僕は、若くて、意欲もあったし、一日に10万円も数えたこともあった。そんなころは、北海道旅行だって行ったよな」

思い出すように独り言がもれる。でも、最近は難しくなっている。毎日、数えることなんか、できるはずがないのだ。

そのうち、銀色のコインの「1」という数字を見るだけでめまいがして吐き気がして、頭痛がして、針で神経を刺されたような気持ちになっていた。

僕は布団の中で寝込んでしまい、頭の中で銀色の丸い物がぐるぐる回り、1円玉の海に溺れてしまっていた。

そんなとき、妻がせっせと1円玉を数えているのを見ると涙があふれ出した。悲しいような、悔しいような、切ない涙だった。


まるで僕を脅迫するように、蛇口から1円玉が流れてくる。

シャラ シャラ シャラ シャラ
金属とは思えないアルミニウムの軽い音は、威厳もなく耳触りが悪い。ああ、いやだ。人間は進歩する動物なんだよ。集め方の工夫だって限られている。単調な作業をずっとやって生活していくなんてどうかしている。

「お金を使った仕事をすることによって、国民に生きる意欲をもたせたい」という土破総理の考えに疑問を感じていた。

生きる道が「お金を数えることだ」というのであれば、人間はいつか崩壊するだろう。

「おい、ニュースだ」
「また、やったのね」
「バカな奴がいるもんだ」

テレビには手錠をかけられた人相の悪い男が映っていた。どうやら、はかりを使って一円玉を大量に数えた罪で捕まったようだ。1円玉は1グラム、1億枚を、はかりで数えたらしい。

「誤差ですぐにバレるのにな」

そう思いながら、同情してしまう気持ちがある。

そんな、ある日、妻が新聞の号外を持って帰ってきた。
「すごいわ。1円玉は廃止だって!」
「政府も、やっとわかったか。それで次はなんだ?」
「物価が上がったから、5円玉を蛇口から流すのよ!」
「ええ?」

次の日から、今度は5円だが流れ始めた。政府の方針で、物価が3倍になったから「5円玉を数えて、それを札に変えて生活しなさい」ということだ。数える量も減ることになる。

ジャラ ジャラ ジャラ ジャラ

蛇口をひねると5円玉が勢いよく流れてくる。同じ数えるといっても1円とは違う。しかも音に高級感があった。

5円玉は重くて重厚な音を流し、まるで黄金の滝のように神々しい。手にずしりと重く積み上がられる5円玉の山は、まさにゴールドラッシュを彷彿させる輝きがあり、しかも、一枚一枚、ご丁寧に「穴」まで開いている。

1円玉の時とは意欲が違い、やる気が湧いてきた。

僕は一日中数えまくった。少し重くても、1万枚数えると50万円だ。物価が三倍になったからって、これなら楽に暮らせる。ああ、なんていいんだ。

それに、政府から「箱にそろえて数えるように」と指示があって、高さをそろえて並べて数えることで効率も上がった。そして、三ヶ月が過ぎた。

物価は10倍を超えている。

僕は……

耳の奥にジャラジャラと金属の音が聞こえ続け、こめかみの奥がぎゅうっと押さえつけられ、脳みそが粘土のように弾力がなく冷たくなっている。五円玉の穴を見ただけでめまいがする。辛抱していたが、限界になっていた。

「数えるのやめたいんだけど」
「何、言っているのよ。生活できなくなるわ」
「お前は数えていないからわからないんだ」
「私、家事を全部やってるじゃない」
「わかってるよ。でも同じことを続けるのは……」

自然と涙が込み上げる。その姿を見た妻は「どうするの……」と声が震えている。僕だってやめたくない。ただ、こんなことに意味があるのか、これが仕事なのか。AIに仕事を奪われた人間に、仕事を与えるためといっても、あんまりだ。

「あっ、ニュースよ。5円玉を数えるのは廃止だって」
「何? 次は何をさせるんだ!」

僕は走ってテレビに向かった。どんなことであれ、単調な生活から抜け出すことができるのあれば何でもいい。

「土破総理大臣が、人間のやる気を改善させるために、今度は蛇口からチョコレートを流すんですって」
「え? お金じゃなくて、チョコレート?」
「そうよ、やったじゃない!」
「まあ、そうだけど」

蛇口からチョコが流れてくるのを想像した。ベトベトになって大変なんじゃないか。混乱しながらテレビ画面を睨みつけると、しばらくして政府の職員が説明をしながら蛇口をひねった。

包み紙の大量のチョコが

ごろごろ ごろごろ ごろごろ ごろごろ

と流れてきた。

「え? チロル・チョコ……」


               了




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はやか-shirohira  (短編小説) 今後、原爆をテーマに小説を書きます。テーマ的に文学賞からの出版は厳しいと考えてます。出版費用にしたいです。応募よろしくお願いします。