自分を持つことの大切さに、遠回りして気づいた
■はじめに
自分を持つこと。
言葉にすると簡単だけれど、
それがどういうことなのか、昔の自分にはよくわかっていなかった。
周りに流されずに生きること。
自分の意思で選ぶこと。
そんなことが大切だと、頭ではなんとなくわかっていた。
でも実際には、
自分はずっと周りに流されながら生きてきたと思う。
今日は、そんな自分が遠回りしながら、
少しずつ「自分を持つこと」に気づいていった話を書いてみようと思う。
■周りに合わせることが当たり前だった頃
10代や20代の頃の自分は、
自分の意思で何かを決めることがほとんどなかった。
誰かに頼まれれば断れない。
みんながやっているから、自分もやる。
そうやって、周りに合わせることが当たり前になっていた。
その方が楽だったし、
波風を立てずに済むと思っていた。
本当は違うと思っていても、
あえて口に出さない。
その場の空気を壊さないことの方が、大事だと思っていた。
■嫌われることへの恐怖
なぜそんなふうに生きていたのか。
今思えば、その根底には
「嫌われたくない」という気持ちがあった。
誰かに否定されること。
仲間外れにされること。
それが怖かった。
だから、自分の意見を押し通すよりも、
周りに合わせることを選んでいた。
その方が安心できると思っていた。
■自分を見失っていった時間
でも、その選択を続けているうちに、
少しずつ違和感が生まれていった。
「本当はどうしたいんだろう」
「なんで自分は、こういう選択をしているんだろう」
そんな疑問が、頭のどこかに残る。
周りに合わせているときは、
大きな問題は起きない。
でも、自分の中には何かが残る。
それは小さな違和感だったけれど、
確実に積み重なっていった。
■遠回りだった時間
これまでの人生を振り返ると、
自分はかなり遠回りをしてきたと思う。
働きすぎて動けなくなったこと。
何もできなくなって、立ち止まった時間。
焦って動いて、失敗したこと。
どれも、自分の選択の積み重ねだった。
でもその選択の多くは、
自分で決めたものというより、
流れに乗っただけのものだったのかもしれない。
■少しずつ変わり始めた自分
そんな自分が少しずつ変わり始めたのは、
やはりこれまでの経験がきっかけだったと思う。
うまくいかなかったこと。
思い通りにならなかったこと。
そういう出来事の中で、
「このままではいけない」と感じるようになった。
そして初めて、
自分の選択について考えるようになった。
■自分の意思で選ぶということ
自分を持つというのは、
特別なことではないのかもしれない。
ただ、自分で考えて、自分で選ぶこと。
それだけのことだと思う。
でもそれが、
自分にとってはとても難しかった。
誰かの意見ではなく、
自分はどうしたいのか。
その問いに向き合うこと自体が、
これまであまりなかったからだ。
■嫌われることへの考え方の変化
昔の自分は、
嫌われることを強く恐れていた。
でも今は、少し考え方が変わった。
すべての人に好かれることはできないし、
無理に好かれる必要もない。
それよりも大切なのは、
自分が納得できるかどうかだと思うようになった。
自分の意思で選んだ結果なら、
たとえそれで誰かに嫌われたとしても、
後悔は少ない。
■遠回りの意味
遠回りしてきたことを、
無駄だったとは思っていない。
あの時間があったからこそ、
今の自分がある。
流されていた自分がいたからこそ、
「自分で選ぶこと」の大切さに気づけた。
すぐに気づけていたら、
こんなに遠回りはしなかったかもしれない。
でも、その分だけ、
しっかりと理解できた気がする。
■これからの自分
今の自分も、まだ完璧ではない。
迷うこともあるし、
周りを気にしてしまうこともある。
それでも、
少しずつ自分で選べるようになってきた。
それだけでも、
昔の自分とは違うと思う。
これからも、
正解を探すのではなく、
自分なりの答えを見つけていきたい。
■終わりに
自分を持つことの大切さに、
遠回りして気づいた。
すぐにわかるものではなかったし、
簡単にできることでもなかった。
でも、だからこそ、
今はその大切さを感じている。
これからもきっと、
迷いながら進んでいくと思う。
それでも、自分の意思で選びながら、
自分の人生を歩いていきたい。
遠回りでもいい。
ゆっくりでもいい。
自分を持って、生きていくために。
ここまで、この記事を読んでいただきありがとうございます🙇
