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守った日々の先にあったもの〜やり返さなくてもいい強さを、娘は手に入れた〜

あの時、私は「関係を切る」という選択をした。

長女がまだ小さく、保育園に通っていた頃のことです。  
同じ園で知り合ったママ友が、ある日「家の前の土地に家を建てることになった」と言って引っ越してきました。

正直、その時点で少しだけ違和感がありました。  
でも、まさかその違和感がここまで現実になるとは思っていませんでした。

そのご家庭は、いわゆる“マスオさん”のような形で、おばあちゃんが主導の家庭でした。  
「孫の同級生が近くにいたら遊び相手がいて助かるから」という理由で、家の前の土地を選んだそうです。

でも、その距離の近さは、次第に「ありがたい」ではなく「負担」になっていきました。

家を建てる段階からすでに始まっていました。  
工事の都合で「自分の家の水道を使うと工期が長引くから」と、当然のように我が家の水道を使わせてほしいと言われたり、  
打ち合わせの間、子どもが邪魔になるからと、うちで預かってほしいと言われたり。

その頃の私は、切迫気味で絶対安静の妊婦。  
そしてその後は、新生児の育児で心身ともに余裕がない時期でした。

それでも最初は、断りきれずに受け入れてしまっていた部分もあります。

ですが引っ越してきてからは、さらに状況が悪化しました。

まだ4歳の子どもが、アポなしで一人で遊びに来る。  
体調が悪くて「今日は無理」と断ると、その場で泣き叫びながら帰り、  
その後、おばあちゃんがやってきて「なぜ遊べないのか」と強い口調で問い詰められる。

さらに母親からは、  
「仕事中に“遊べないと泣いて大変だ”と連絡が来て困りました」  
という内容のLINE。

何度も何度も同じことが繰り返されました。

その時、私ははっきりと気づきました。

これは“お付き合い”ではなく、  
一方的に踏み込まれている関係だと。

そして私は、その関係を終わらせることを選びました。  
距離を置くというよりも、完全にシャットダウン。

挨拶も交わさない関係になりましたが、この選択に後悔はありませんでした。

ただひとつだけ。  
「娘の友達関係を奪ってしまったかもしれない」  
その気持ちは、どこかに残っていました。

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小学校に入学し、集団登校が始まりました。  
そのご家庭の子どもとは、同じ登校班。

入学して3ヶ月ほど経った頃、長女がぽつりとこう言いました。

「ちゃんとご飯食べたら背が高くなるよね?  
そしたら、お向かいの子に押されなくなるかな」

その一言で、すべてが分かりました。

毎朝の通学路、約30分の道のり。  
「早く行け」「早く歩け」と急かされ、背中を押され続けていたこと。  
体が小さく、歩幅も狭い娘は、一生懸命歩いても追いつけなかったこと。

さらに話を聞くと、それは一人だけではなく、周りの子も巻き込んで、複数人で押すようになっていたといいます。

私はその時、強い怒りを感じました。

でも、その怒りをそのままぶつけるのではなく、  
集団登校の場に行き、その子に直接話しました。

怒鳴ることはせず、  
ただ静かに、淡々と。

「こういうことはしてはいけない」と。

感情ではなく、事実として伝えました。

その姿が逆に怖かったのか、相手の子は固まってしまい、涙も出ない様子でした。

その後、学校にも報告し、登校班の上級生にもさりげなく見守るように伝えました。  
そして学校側の配慮で、中学卒業まで同じクラスになることはありませんでした。

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そして高校受験。

正直に言うと、同じ学校になる可能性を知った時、  
「どうか別々になりますように」と思ってしまった自分もいました。

でも同時に、そんなことを願う自分に対して  
「この気持ちは違う」と葛藤もありました。

結果は、2人とも合格。

そして同じ高校へ。

私は娘に、「クラスを離してもらうように言う?」と聞きました。

すると娘はこう言いました。

「もう大丈夫。  
やられたらやり返せるし、今は自分の方が強いと思う。心配しなくていいよ。」

その言葉を聞いた時、  
私は驚きと同時に、どこか安心しました。

そして今の娘は、

ただ「強くなった」という言葉では足りないくらい、変化しています。

無理に人に合わせて、自分を小さくすることがない。  
相手の顔色をうかがって、本音を飲み込むこともない。  

嫌だと感じた距離には入らず、  
自然と一歩引いて、自分を守ることができる。

そして何より、

「どう関わるか」を自分で選べるようになっています。

昔のように、誰かのペースに巻き込まれるのではなく、  
自分のペースで人と関わる。

必要以上に戦わないけれど、  
もし踏み込まれたら、きちんと線を引ける。

それは“攻撃できる強さ”ではなく、  
“自分を守れる強さ”。

そしてもう一つ感じるのは、

人との距離を取ることに、  
罪悪感を持たなくなったことです。

以前の娘なら、  
「嫌でも我慢しなきゃいけないのかな」  
そんなふうに思っていたかもしれません。

でも今は、

「合わない人とは無理に関わらなくていい」

それを、頭ではなく感覚で理解しています。

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振り返って思うことがあります。

あの時、関係を切ったこと。  
あの時、守るために動いたこと。  
そして今、手を出さずに見守っていること。

すべてに意味があったと思っています。

あの経験は、決して無駄ではなく、  
娘にとっても、私にとっても、

「自分を守ること」  
「人との距離を選ぶこと」  

を学ぶ、大切な出来事でした。

今ではあの出来事は、傷ではなく、土台です。

そして私はこれからも、  
必要な時には守り、  
それ以外は信じて見守る。

そんな関わり方をしていきたいと思っています。


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